アスガー・ファルハディ監督 (c) 2021 Memento Production ― Asghar Farhadi Production ― ARTE France Cinema
アスガー・ファルハディ監督 (c) 2021 Memento Production ― Asghar Farhadi Production ― ARTE France Cinema

 リアルな物語をつづるには、俳優たちのリアルな演技は必須だ。ファルハディ監督は「毎回素人を出そうとしている」と言うが、今回のラヒム役は別だった。

「シンプルな役ほど難しい。今回はプロでなくてはならないと考えました。アミルには、目の奥に純粋さを感じました。その純粋さがなければ、ラヒムは意地の悪い男に映ると感じたんです」

 抜擢されたアミル・ジャディディ(37)は、監督からは何度も「ラヒムは単純な男と聞かされた」と振り返る。

「ラヒムはあまり話さないし大きなアクションもない。監督が言っていたのは、内向的な役を演じるのは俳優にとってもっとも難しいということ。俳優はたくさん話したりアクションを大きくしたりという役のほうが簡単なのです。見る側がラヒムを信じるために、内向的で口数の少ない、でも単純な男を最初から終わりまで保たなければならなかったのは大変でした」

 具体的な役作りでは、話し方に注意したと言う。

「普段は胸から息を出すように話していますが、ラヒムは口先で話している。監督からそう言われて、練習しながら徐々に自分の体の中に入れていきました」

 リアルな演技を引き出すため、ファルハディ監督はリハーサルに時間をかける。この作品は撮影に入るまでに「特に長い時間をかけて稽古をした」と言う。舞台のように、キャラクターたちがどんな人生を送ってきたのか細かく伝え理解してもらった。また、実際に撮影で使う家を使って、子どもから姉夫婦役まで俳優たちが生活するように数カ月かけてリハーサルを行った。

「自分の家なら電気のスイッチがどこにあるのか意識しなくてもわかります。俳優にはそれを身につけてもらった。撮影時にスイッチを探すようだとどうしても俳優の目が泳いでしまう。そんなことがないように実際にそこで生活してもらうのです」(ファルハディ監督)

 実際、ジャディディは撮影時にはすでに「ラヒムとして生きていた」と言う。

「監督は演技がなんだかをよく知っています。演出の仕方が俳優を助けている。俳優の演技力を引き出すのがとてもうまい。多分、監督の作品に出た俳優はそれまでで一番良い演技をしていると思うのではないか。監督と一緒に仕事をしたことで、僕はこれまで以上に演技の細かいところに注意していこうと思いました。演技の扉を開いてもらったと感じています」

次のページ