「これまでの手法は不完全燃焼を起こしている。やり過ぎればパワハラのリスクがある。その点を軽視せず、他と差別化を図るために中身を変えたい。そのために生徒一人一人の満足度を上げること。試合に出られなくとも自分の糧にする青春を送るためにどうするか。それには教員が種目を超えて生徒につき合っていくことが肝要です」
過去にはサッカー推薦で入学した生徒が医学部へ入り、昨年度はサッカー部からとバスケット部から1人ずつ京都大学に現役合格した。教員が親身になって対応した結果だと感じているという。サッカー部の監督には「別に全国大会に行かなくてもええよ」と伝える。「暴力はない」と言い切る一方で、「すべての運動部活の指導が合格点とは思っていない。まだ道半ばです」。
では、合格ラインに達する「良い指導者」とは、どんな人を指すのだろう。
ジェフユナイテッド市原・千葉などJクラブで育成部長を歴任し、のべ60万人の子どもを教えた池上正さんは「矢印を自分に向けられるかどうかが分かれ道だ」と話す。『伸ばしたいなら離れなさい』(小学館)など新しい指導手法を伝える十数冊の著書を紡ぎながら、大阪府内で小中高と全カテゴリーを指導している。
「指導者は、できない生徒を見るとイライラしてしまう。生徒に変化を求める前に、自分を変えることを考えてほしい。この説明でわからなかったのなら次はこうしてみようと、自分を高めようと学ぶ人が良い指導者だと思う」
地域のリーグ戦で、外部指導員を務める高校が強豪校の「6軍」と対戦したことがあった。相手校の生徒たちはベンチの指示通りにしかプレーできず、自分たちの力で考えられないように見えた。相手コーチらは「そんなプレーしかできないなら交代させるぞ」などと威嚇するばかりだった。
「体罰は影を潜めたが、そのぶん暴言が増えている。強い言葉で抑圧するやり方では、全員の生徒を伸ばせません。厳しく指導しなければ勝てないと皆さんおっしゃいますが、『厳しさ』のとらえ方が間違っているような気がします。生徒たちが自分たちで主体的に練習に取り組む。それを要求するのが本当の厳しさではないか」(池上さん)
■過度な勝利至上主義抑止に全国大会廃止の動きも
部活動で暴力がはびこる背景には、指導者個人の資質に問題がある「ヒューマンエラー」と、過度な勝利至上主義による「システムエラー」がある。勝利至上主義の構造は拙書『スポーツ毒親 暴力・性虐待になぜわが子を差し出すのか』(文藝春秋)に詳しいが、「試合に勝って全国大会に行けるから」との理由で古い手法の指導者を支持する保護者は少なくない。一定の支持がある限り、指導者も学校も矢印を自分に向けることはないだろう。