■いまの漫画は少ししゃべりすぎ

 もうひとつ、若い頃に読んで衝撃を受けたのは、あだち充さんの「ナイン」でした。この作品以前、心理描写やモノローグは、少年漫画の世界にはありませんでした。

 僕は、いまの漫画は少ししゃべりすぎでは、と思うことがあります。キャラクターのせりふのやりとりで物語が進んでいく作品を読むと、少し不違和感がある。好きな相手にどきどきしながら「好きだ」と伝えるときに、演説したら、まずいでしょう。

 そういううまく言えないことや心のやりとりを、絞ったせりふと風景描写で見せていくのが、あだちさんは抜群にうまいんです。コマとコマの間に独特の時間が流れていて、言葉の間合い、心理のやり取りを風景描写で見せていく。その辺の心理描写の書き方を、少女漫画で連載を持ったことによって、覚えたのではないかと考えています。

 あだちさんは風景の中に必ず書くものがあります。それは空です。白球がパンと上がったときの空に、必ず季節感がある。そして、その空気感を書くのがすごくうまいんです。ストーリー上でことさらに訴えなくても、季節感を描くことで、登場人物の心象風景が伝わってくるんですね。

 それに、空を描くのは手が掛からないんですよ。いかに描かないで、いかに描くか、そういう意味でもすごいんです。

■漫画に革命を起こした

 描かないことのすばらしさは、読者に間を想像させることができるということです。最初はパッと読んだり、次にじっくり読んだり、と読者自身が読む時間を調整できる。そうして違う読み方をしたときに新しい発見がある。それは、緻密に組み立てられているからです。

 あだちさんがそうした手法を少年漫画に取り入れた時に、漫画には革命が起きたんです。それは、当時、雑誌で漫画を読んでいない人たちにはわからない衝撃かもしれません。数年前、改めて読んでやっぱりうまいなあ、と。これも、ゴールデンウィークに読み返したい作品ですね。

 漫画の素晴らしいところは、クリエイター個人がゼロから1を作ることができる、ということ。10代20代で漫画家を志すのは夢があると思いますし、才能を見出して育成するノウハウを持つ出版社もあります。ゼロから1を作る才能のすばらしさを、ぜひ感じてほしいと思います。

(構成/編集部・井上有紀子)

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