鳥嶋和彦さん(撮影/伊ケ崎忍)
鳥嶋和彦さん(撮影/伊ケ崎忍)
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 漫画とはおもしろいもので、どんなに使い古されたと思われていたジャンルでも、設定次第で新しい見せ方が生まれてくるものです。ヤンキー漫画でもギャンブル漫画でもそうですし、少年漫画の王道といわれるスポーツ漫画もそうなんです。

 小林まことさんの「JJM 女子柔道部物語」は、ミーハーなヒロインが、たまたま柔道部に入って、才能を発揮していく物語です。作者の小林まことさんは柔道部の経験があり、1980年代、「柔道部物語」が大ヒットしました。その頃から愛読していましたが、女性を主人公にしたことによって、読み味ががらりと変わりました。

 スポーツ漫画としてのおもしろさは健在です。たとえば、技の一瞬の切れ味は、テレビで試合を見ていても、素人にはなかなかわからない。ところが、女子柔道部物語を見ていると、相手がどう出るか、どこをどうつかむのか、技に入る前の駆け引きや、技の決まる一瞬が、誰の目にも見えるんです。技をかけるコマのアングル、かけられた人の表情、こうした描写が非常に秀逸です。

■コマの視点がボールに

 スポーツをしているときのおもしろさ、心理的な駆け引き。漫画家がそのスポーツを経験しているからこそ、見せられる世界がある。スポーツ漫画はそのレベルにまで進化しているから、経験していない人に描くのは難しいジャンルだと思います。

 たとえば、「キャプテン翼」は、日本から生まれて世界中の子どもたちに影響を与えたスポーツ漫画です。「キャプテン翼」がサッカーを始めるきっかけになったという世界的なスポーツ選手も多くいます。

 かつて、なぜ「キャプテン翼」に人気があるかを分析して、仰天したことがあります。カメラ、つまり漫画のコマの視点が、サッカーボールにあったんです。

 サッカーはボールを奪い合ってプレーしますが、「キャプテン翼」では、いまボールがどこにあるかがきちんと描かれていました。漫画の中に一番多く出てくるのは、主人公の翼くんではなく、サッカーボールなんです。

 ボールの視点で漫画を読むことによって、まるで自分がプレーをしているかのようにサッカーを体験することができる。つまり、スポーツをしている時のおもしろさ、心理的な駆け引きを、読み手が追体験できるんですね。

 それこそがスポーツ漫画の醍醐味です。たとえスポーツが苦手でも、主人公の背中に乗って、物語の中に入っていくことができる。最初はうまくなくても、上達していく成長を味わえる。だからこそ、誰の背中に乗るかが大切なんです。

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若い頃に読んで衝撃を受けたのは…