志の輔:至時は40歳で亡くなっています。そういう時代に50歳で弟子入りをする。頭を下げるべき人は年齢でなく、自分より秀でた人ということでしょう。

森下:だから、脚本家を人生の後半にいる人にしたら面白いんじゃないかと思いました。そこから出てくる言葉があるのではと思ったんです。

志の輔:僕は今、このタイミングでこの映画が公開されるのは、すごいことだと思っています。

 幕末にイギリス海軍が日本に来て測量を始めたけれど、伊能小図を見て正確さに驚き、測量を諦めて帰ったという話があります。測量されれば向こうのものですから、伊能が地図をつくっていなかったら、今の日本はどうなっているのだろうと考えるんです。国とは何か、国境とは何かを日々考えさせられているのが今の地球ですから、自分で言うのもなんですが、この映画の公開には大きな意味があると思います。

日本人の良さが地図に

森下:伊能図の大きなパネルを香取市の方に見せていただいた時、きれいで丁寧で細かくて、びっくりしました。私はもっと単純というか、さっぱりしたものだと思っていたのですが、実際は絵も描き込まれ、地名もすごい達筆で書き入れられていた。それを見て、測るということも大変だけど、それを書き上げるってことが素晴らしいなと思いました。

志の輔:地図は伊能の死の3年後に完成していますから、おそらく彼はそれに関わっていないんです。

森下:歩いて測るという、たゆまぬ積み重ねがまずあって、それをものすごく精密に線にする作業がある。そこに絵を描き、地名を書き入れる。実際、そこまできれいにする必要はなかったと思うのですが、それを無駄とも思わずに仕上げていく。日本人の良さがつまっているのかも、と思ったりしました。

──伊能が地図を完成させていないことが落語も映画もそれぞれ絶妙な“落ち”へとつながる。

志の輔:伊能が「したこと」に関する記録は残っていますが、人柄が見える日記のようなものって実はあまりないんですよね。

森下:少しの書簡くらいで、エモーショナルな記録がない人ですよね。

志の輔:本当に伊能は存在したのかと思うことがあります。誰かが「伊能」という人を仕立てたのでは、と思うくらい。

森下:江戸幕府に「プロジェクト伊能」があって、地図を作ったけど伊能という実体はない、ということですよね。師匠、それ、面白すぎます。

(構成・矢部万紀子

AERA 2022年5月23日号