滝藤賢一さん(右)と林真理子さん(撮影:写真映像部・戸嶋日菜乃 編集協力:一木俊雄 ヘアメイク:那須野詞)
滝藤賢一さん(右)と林真理子さん(撮影:写真映像部・戸嶋日菜乃 編集協力:一木俊雄 ヘアメイク:那須野詞)
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 ドラマ「半沢直樹」のブレークを果たし、数々の作品に出演する俳優・滝藤賢一さん。現在の華々しい活躍の裏にあった「無名塾」時代のエピソード、ブレーク後の売れっ子ならではの苦労など、作家・林真理子さんとの対談で語ってくれました。

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林:私は最初「半沢直樹」で滝藤さんを見て、なんてすごい人なんだろうと思いましたよ。いちばん印象に残ってるのは、うつで狂気の顔をしてるときに、金庫の鍵の番号を記憶してるという……。

滝藤:じとーっと見てるシーンですね。

林:そう、目が充血して。

滝藤:目が赤くなる努力はしてました。寝る時間もなるべく短くして、現場ではまばたきしないでカッと見開いているとか。

林:あの「半沢直樹」でブレークしたと言われてますよね。

滝藤:そうですね。あの作品で認知していただいたんだと思います。僕がお仕事をいただけるきっかけになったのが映画「クライマーズ・ハイ」(2008年)で、そのあとに「踊る大捜査線」シリーズとか、いろいろ出させていただくようになりました。

林:朝ドラ(「梅ちゃん先生」12年、「あまちゃん」13年、「半分、青い。」18年)にもいっぱいお出になってるし。大河ドラマ(「龍馬伝」10年、「麒麟がくる」20年)もお出になってますけど、舞台はあんまりお出になってないですよね。

滝藤:そんなに。舞台は東日本大震災の年が最後です。もともと映像に憧れてこの世界に入って、仲代達矢さんの「無名塾」で10年間みっちり勉強させていただきました。おかげで今、映像のお仕事をたくさんいただけております。舞台は遠ざかってますね。

林:つらかったことがよみがえってきて? あそこは「演劇界の東大」と言われて、ハンパじゃなかったんでしょう?

滝藤:仲代さんは「芝居のことだけ考えなさい」という場所を無償で提供してくださっていたので、とても恵まれた環境でした。もちろん厳しかったですね。

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