落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「忘れ物」。
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「ヤクルト1000」が売れてるらしい。ネットやなんかで「寝る前に飲むとよく眠れる」なんて話題。うちの家内もたまに買ってくるが、コンビニ・スーパーでは早くに売り切れてしまうので入手困難だそうだ。
先日、電車を降りようとしたら、4人がけの座席にポツンとヤクルト1000が1本だけ横たわっていた。乗客が忘れていったのか。でもカバンから1本だけスルリと落ちるか? その人はポケットに入れていたのか? 品薄でようやく手に入ったであろうものを忘れていくなんて……わからない。次の日、寄席の楽屋の冷蔵庫の上にポツンとヤクルト1000。前座さんに「誰の?」と聞くと「……え? さぁ、どなたのでしょう?」と不思議な顔をされた。何日か後には放送局の控室にレジ袋に入れて二つ置いてある。「これ、ケータリングですか?」と聞くと「いえ、支度した覚えはありません」とスタッフ。「誰か忘れていったんじゃないですかね~」だって。
新手のステマ? こわ。シロタ株を広めるためにそこまでやるか、ヤクルト。全然ステルスじゃないけど。迷彩の制服姿のヤクルトレディが地雷を仕掛けるがごとくゲリラ的に仕掛けてるのだろう。あちこちに配置し、人目に付きやすくしてまるで売れてるように見せかけてるのだ。でもそれらしきレディは見当たらないし、現時点で爆発的に売れてるのにそんな必要ないはずだ。
そうか、購入した人が置き忘れるくらいに「ヤクルト1000」が浸透している……ということか。ちょっと前の「鬼滅ブーム」のときも「黒と緑の市松模様の炭治郎カラーのなにか」が、街を歩くと毎日のように目に飛び込んできた。それくらい流行ると、もはや身近にあるのが当たり前になってきて、あれほど求められていた「炭治郎ななにか」が、その辺に置き去りにされてたり、雨晒しになってたり、犬が咥えて駆け出してったりするくらいになっていく。どうかすると禰豆子が「ヤクルト1000」のボトルを咥えてても違和感ないくらいに。もうなんか「hitomiのニューシングルのタイトルは『ヤクルト1000』」って言われても不思議じゃないくらい。ヤクルト1000の空き容器を使って母親がお手製の謎の置物を作り、居間のサイドボードに飾ったりするのも時間の問題だろう。