■ メダルは殉職した記者たちの「血の結晶」
ムラトフ氏ら編集部は言論で対抗するつもりだ。
ウクライナ侵攻後、編集部は「欧州組」と「ロシア組」の二つに分かれた。数十人が欧州に亡命し、4月にウェブの新メディア「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」を立ち上げた。ロシアに残った者は地下に潜った。記者の肩書を捨て、忍者のように情報を集め、新メディアに向け記事に必要なデータを送っている。「ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパ」の戦争批判の記事は、ロシアでもVPNを使えば読める。
ロシアに残った「記者」には現在、給料が支払われていない。ムラトフ氏はノーベル賞授賞式に際し、ロシアメディアに対し、賞金約1億3千万円の一部を、独立系メディアを支持するために贈ると述べた。ノーベル賞メダル競売の売却益も同じように使われるのかもしれない。というのは、平和賞メダルは、殉職した記者たちの「血の結晶」でもあるからだ。ノーベル委員会の公式サイトには授賞理由をめぐりこう書かれている。
「ムラトフ氏のリーダーシップのもと、ノーバヤ・ガゼータはロシア当局の汚職、選挙の投票操作、人権侵害を批判してきた。記者のうち6人がチェチェンでのロシア軍の作戦を批判する記事を書き、殺された」
ノーベル賞授賞が決まった昨年10月、ムラトフ氏は記者会見で死んだ部下ら6人の名前をあげ、「賞は自分ではなく、6人に贈られた」と述べた。
ムラトフ氏はモスクワに残った。地元メディアに「外国にいてはロシアの権力について書く資格がないと思うからだ」と語った。近くロシア国内で新メディア「NO(ロシア語で「だが、しかし」)」を紙とYouTubeで立ち上げる。メダル競売がムラトフ氏の新たな戦いの追い風になるよう願いたい。
岡野直/1985年、朝日新聞社入社。プーシキン・ロシア語大学(モスクワ)に留学後、社会部で基地問題や自衛隊・米軍を取材。シンガポール特派員として東南アジアを担当した。2021年からフリーに。関心はロシア、観光、文学。全国通訳案内士(ロシア語)。共著に「自衛隊知られざる変容」(朝日新聞社)