『誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課』
朝日新聞出版より発売中
ここ数年、「生理の貧困」という言葉を目にすることが増えた。経済的な事情のため、生理用品すら買えない女性がいるという問題である。その他にも、家事や家族の世話を日常的に行っている「ヤングケアラー」、あるいは長年家に引きこもる子どもを高齢の親が支える「8050問題」、少し前には「下流老人」という言葉もヘッドラインを賑わせた。日本全体が低成長に陥る中、高齢者から若者まで、さまざまな層が社会から孤立し、困窮状態に陥っているということを示しているのだろう。
こういった貧困問題は、当事者や支援者の目線で描かれることが多い。だが、本書は困窮者支援に取り組む行政、それも無名の自治体職員に焦点を当てている。「断らない相談支援」という看板を掲げる、神奈川県座間市役所・生活援護課と「チーム座間」だ。
座間市が構築した困窮者支援の独自モデル
生活援護課とは、座間市役所福祉部の課の一つで、生活保護利用者と、その前段階の生活困窮者までを幅広く支援する組織である。
その中は、生活保護を担当する生活援護係、経理係、困窮者の自立相談支援に関わる自立サポート担当の3つに分かれている。特に、自立サポート担当は困窮状態に陥っている市民とゆるやかにつながり、必要に応じて支援の手を差し伸べる。
一方のチーム座間は、地域のNPOや社会福祉協議会など、生活援護課とともに困窮者支援に取り組む外部ネットワークだ。それぞれの組織は、就労支援、就労準備支援、居住支援、フードバンク、家計改善支援、子どもの学習支援、アウトリーチなどを手がけている。
生活保護が主要な業務だった生活援護課に自立サポート担当が加わったのは、2015年4月のこと。この年に施行された生活困窮者自立支援法に対応するため、従来の生活援護課に、自立相談支援などの担当を新たに設置したのだ。
生活困窮者自立支援法は、生活保護に至る前段階の困窮者に対して、自立相談支援事業の実施や住居確保給付金の支給など、生活の自立に必要な支援を提供するために作られた法律だ。「第2のセーフティネット」と位置付けられる。当初は自立サポート担当の専従職員一人という体制だったが、窓口を訪れる困窮者の増加とともに内部の人員と外部ネットワークを増強し、今の体制になった。
「断らない相談支援」の理由
生活援護課が「断らない相談支援」と謳っているのは、話を聞かなければ困窮の実態がわからないからだ。事実、生活援護課に相談に来た困窮者には、借金のため夜逃げ同然で故郷を捨てた男もいれば、働いていた工場を解雇され路上に放り出された日系ブラジル人やコロナ禍で店を閉めたスナックのママ、放浪を繰り返す独居老人や親の年金をあてに暮らす無職者もいる。精神疾患や精神障がい、軽度の知的障がいなどで長期間引きこもり、社会との接点が切れている人も少なくない。
このように、それぞれの状況があまりに異なるために、じっくりと話を聞かなければ適切な対応を取ることができない。それゆえに、入り口で断らず相談を受け止め、その上で相談者の自立に向け、チームとして対応するのだ。困窮者が抱えている問題は複雑化しており、一つの組織ではとても解決できない場合が大半だ。
この「座間モデル」をつくり上げたのは、この3月末まで生活援護課の課長を務めた林星一である。
2015年4月の法施行とともに専従の自立サポート担当になった林は、生活援護課のカウンターに段ボールで作った看板を立て、相談業務に乗り出した。だが、実際に困窮者の相談に乗ってみると、自分一人で解決できることはほとんどない。それで、役所を飛び出し、相談者の課題を解決できる外部の組織との連携を模索した。
「お役所仕事」という言葉があるように、杓子定規な対応で自治体職員は何かと批判されることも多い。だが、生活援護課のように、相談者に寄り添い、自立に向けて伴走する人々も存在する。日本における生活困窮の実態と、その解決に向け、ミクロの現場で奮闘する無名の人々──。生活援護課とチーム座間の物語を通して、日本が直面している現実と希望を感じ取れるのではないか。
※1:ひきこもりなどで長期間就労から離れていた人に対する支援
※2:訪問支援などで困窮者に直接働きかける支援