『外国人差別の現場』
安田浩一 安田菜津紀共著

朝日新書より発売中

 様々な事情を抱え、行き場を失った外国人労働者を保護するためのシェルター(岐阜県羽島市)に通っている。

「富士山を見たかった」

 暗い表情でそう何度も訴えたのはカンボジア出身の女性だった。勤務先を逃げ出し、シェルターにたどり着いた。

「カンボジアにいたころ、テレビやネットの写真で何度も富士山を見た。あの美しい山のある国に行ってみたいと、ずっと思っていた」

 地元のブローカーに「日本行き」を誘われ、6千ドルの手数料を支払って技能実習生となった。高度な技術を学び、高額の給与が保証される──ブローカーの話は魅力的だった。しかも憧れていた「富士山の国」に行くことができる。

 弾んだ気持ちは、しかし長続きしなかった。配属されたのは岐阜県内の縫製工場である。工場の仕事は朝の8時半から始まる。ミシンを踏む。アイロンをかける。完成品を収めた段ボール箱を積み上げていく。それが「高度な技術」なのかといった疑問は、すぐに消えた。いや、休むひまもなく働き続けているうちに考える余裕がなくなった。

 仕事を終えるのは深夜になってから。ときに明け方近くまで働いた。基本給は月額6万円。残業の時間給は1年目が300円、2年目が400円、3年目にしてようやく500円。しかも給与から4万円を強制的に預金させられた。通帳は経営者が預かったままで、自身が管理することはできない。「このまま働き続けては倒れてしまうと思った。もう限界だった」

 職場から逃げ出し、シェルターに身を寄せたのである。

 結局、いまだ富士山を目にしたことはない。

「日本」は彼女の期待も希望も裏切った。憧れていた富士山は、あまりにも遠かった。

 外国人技能実習制度──一部では「奴隷労働」と揶揄されることも多いこの制度は、創設されてからすでに30年以上が経過した。家族の帯同も許されず、原則として日本への定着もない。いつかは帰ってもらえる臨時的な労働者という位置づけは、経営者にとって、ありがたい存在であることは間違いない。米国務省が毎年発表している「世界の人身売買の実態に関する報告書」では、2007年度版から毎年、日本の実習制度が「人身売買の一形態」「強制労働」であると指摘するようになった。

 そして――少なくない実習生が、職場から逃げ出す。その一部がシェルターのドアを叩く。これまで幾度かの制度改正を経てもなお、実習生は「使い勝手の良い安価な労働力」であり続ける。シェルターを運営している岐阜一般労働組合の外国人労働者担当、甄凱さんは、「あらゆる人権無視が横行している。実習制度の本質的な部分は、ずっと変わっていない」と話す。

 根底にあるのは移住労働者に対する差別と偏見のまなざしだ。「ガイジンに労働法とか関係あるのか?」という言葉を、私は実習生を雇用する企業の経営者から何度も聞かされた。そして私たち消費者も「国産」ブランドに安心感を覚える一方で、それらが「外国人の国産」であることには関心を持たない。そればかりか、移民を怖がり、日本が(移民に)乗っ取られる、日本が日本でなくなる、といった言葉で排斥を煽る者も少なくない。

 それは外国人、外国籍市民、海外にルーツを持つ人々に一貫して冷淡な姿勢を取り続ける日本政府の姿勢を反映したものでもある。

 国連の難民条約を批准していながら、難民認定率が1%に満たないのはなぜか。なぜ多くの人が送り返されるのか。

 入管収容施設で、被収容者への適切な医療がおこなわれていないのはなぜか。自死が相次ぐのはなぜか。

 ヘイトスピーチが野放しにされるのはなぜか。悪質なヘイトクライムが相次ぐなか、なぜ、政府は沈黙するのか。

 差別を放置・容認し、それこそが表現の自由でもあるかのように認識する政府と社会の一部が、こうした差別の風景をつくり出す。

 これらの「現場」で、私と安田菜津紀さんは取材を続けている。そして、二人の「安田」は怒っている。

 本書で、私たちは語り合った。政府の無策と、社会を壊し続ける差別に対して。

 さらに、私たちは搾取される外国人、差別される側の人たちを取材し、理不尽な社会の姿を記録した。昨年、名古屋入管で亡くなったスリランカ人女性、ウィシュマ・サンダマリさんの軌跡を追った菜津紀さんのルポは、人権も人の尊厳も無視した日本の入管行政を厳しく批判したものだ。

 知られざる入管の実態、外国人差別の実態を、どうか本書を通して多くの人に知っていただければと願っている。