「声出し確認」で、一つひとつ丁寧に撮っていく
作品の元になる縦長の写真は、幅広のブローニーフィルムを使うカメラ、「フジパノラマGX617」で6×17センチの画面を写しとっている。
撮影の際は「どんよりと曇っているほうが被写体のディテールが出てきれい」だそうで、カラーとモノクロ、両方のフィルムで撮影し、「そのときのイメージに合っている方」を作品化する。現像したフィルムはスキャンして、デジタル画像にしたものをつなぎ合わせる。
いちばん最初に撮影したのは揚野さんの故郷、千葉県・勝浦の海岸線。
「海の近くで育ったので、被写体は海が多かったんです。そうしたら、師匠が『君は伊能忠敬になりなさい』と。で、『わかりました、世界中を撮ります』、みたいな感じで。『TRACE』というタイトルにしたのは、地球上のいろいろなものをなぞっていって、そこに自然や人の生きる姿が写る」ことをイメージしている。
撮影は「けっこう手間がかかる」作業で、手順を間違えると、同じ画面に重ねて露光してしまう。それを防ぐために、いつの間にか「声出し確認」をしながら撮影するようになった。
「『つい呪文をとなえるように、やってしまいます』と、師匠に言ったら、『それでいいんだ。対峙する被写体、敬うべき存在の自然を丁寧に撮って差し上げないさい』、みたいな感じで言われたんです」
揚野さんは「私が美しいと思った風景」を「現場で一つひとつ丁寧に撮っていく作業がすごく大事だと思っています」と言う。
しかし、その風景は現場で「見た瞬間に美しいとはかぎらない」とも言う。
訪れた土地を歩きまわり、思考を巡らせているうちに美しいと感じるようになった風景。
「それを見た人が、見ていたいと思ってくれるような存在だったらいいな、人に寄り添う作品でありたいなと思っています」
(文・アサヒカメラ 米倉昭仁)
【MEMO】揚野市子写真展「TRACE ~Place of prayer~」
富士フイルムフォトサロン東京 2月26日~3月4日