撮影:下瀬信雄
撮影:下瀬信雄

アートというのは言葉で伝えられないからアートなんですよ

 下瀬さんの作品を目にしていつも感銘を受けるのは、その軽やかな感覚。映画「幕末太陽伝」を撮った川島雄三監督のような都会的なセンス。日常のなかのヒューマニズム、ではなくて、しゃれ物。それを伝統的な俳諧と結びつけたスラップスティック。東京を中心とした都市圏から離れた山口県萩市という土地柄とのギャップ(そういえば、川島監督は青森県むつ市出身だった)。いや、ひょっとしたら、幕末の長州とつながる革新性の表れなのかもしれない。

 下瀬さんと話していて感じるのは、自身が受けてきた写真教育に対する反発だ。1960年代、ドキュメンタリー写真の全盛期。そこで金科玉条のごとく言われたのは、思想を背景としたひと塊の作品をつくることだった。作家の写真というのはそういうものであり、思想がなければ写真にはならない、と。

 それに対して、下瀬さんは「そういう写真だけじゃないと思うんです」と言う。

 では今回、何を写そうとしたのか? そう問うと、「ちょっと言葉にはできないですよ」と言う。言葉を濁すのではなく、はっきりとしたもの言い。

「『何を写そうとした』という思想だと、文章のほうがいいわけです。写真でないと表せない感情を集めて、一つの流れにしたいと思ったのがこの作品をつくったきっかけなんです」と、語気を強める。

「作品を語って言葉にしなければならない、というのはアメリカ的な思想なんですね。現代アートがはやり出したころから、みんながそう言い出した。でも、それはまったく間違いだと思う。だって、アンディ・ウォーホルは自分で自分の作品を語らなかったもの」

 確かにそのとおりで、ポップアップアートの巨匠、ウォーホルは生前、作品こそが自分のすべてであって、そこには語るような隠された意味はないと言っている。

「アートというのは言葉で伝えられないからアートなんですよ。表現したいものがあって、それを言葉にできるなら、小説とか詩、歌詞をつくっている。最近、現代アートが病んでいるのは、自分で語って、プレゼンしなきゃ通らないよ、ということを引きずっているからでしょう。売れるためのノウハウとか。そういうことから生まれたような気がします。写真を写すことによって浮かび上がる光景は、写真でしか表せない世界のようにも思えてくる。だからぼくは、自分の作品を語らなきゃいけない、という人の言葉をあまり信用していないんです」

                  (文・アサヒカメラ 米倉昭仁)

撮影:下瀬信雄
撮影:下瀬信雄

【MEMO】
下瀬信雄写真展「鬼魅易犬馬難」
ニコンプラザ東京 ニコンサロン 1月19日~2月1日開催。

※新型コロナウイルスの影響で開催日時が変更になる恐れもあります。詳細は会場に直接ご確認ください。

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