新さんが、この作品に惹かれたのは、「人間、子ども心を忘れてしまったらつまらない」という思いが根底にあったせいかもしれない。自分を表現していく職業についたこともあり、常識や理性、固定観念にとらわれることなく、常に頭を柔らかい状態にしておきたいと考えているのだ。
「大人になって、世の中の仕組みを理解していけばいくほど、脳が持つクリエーティブな部分が働かなくなるという研究があるんです。既存の理性や概念を超えて表現されたものは、大衆には理解されにくいかもしれないけれど、特定の誰かにとっては、人生を変えるほどの影響を与えたりもするわけで。僕が影響を受けてきたアーティストも、だいたいが子どものままの部分を持っている人たち。全員に共通しているのは、純粋さや無垢な感性です。僕自身も、常識や固定観念にとらわれないで、『あみ子』のような野生っぽい部分は、大事にしたいと思っています」
純粋無垢な部分を大事にしたいというのは、傍若無人に振る舞いたいという意味ではない。大人らしい振る舞いの中で優れた作品を発表している人も、周りには大勢いる。
「僕の尊敬する人生の大先輩方……例えば是枝裕和監督や若松孝二監督は、子ども時代に体験した感動や喜び、抱えた疑問を、ずっと突き詰めようとしているんだなってことは感じます。だから僕自身も、自分が心から好きだと、楽しいと思えることは、本気で向き合うようにしています」
好きなことを挙げてもらうと、即座に「自然!」という答えが。
「旅、登山、トレッキング、釣りなどを通して、季節の移り変わりをしっかり感じていく。それはすごく大事にしています」
ルーティーンを嫌う新さんが、映画の撮影に入っているときに一つだけ実践しているルーティーンがある。それは、朝起きてすぐ、前日に覚えたセリフを暗唱することだ。
「寝ると、一回脳がリセットされるので、目が覚めたときに、『あみ子状態』になるんです(笑)。体がちゃんと起きる前、脳が無垢になっている状態のときに、セリフを暗唱すると、スポンジが水分を吸収するように、脳に言葉が定着していく感じがあって。現場に入っているときは、朝起きてすぐのセリフの暗唱が、もう習慣になっています」
(菊地陽子、構成/長沢明)
※週刊朝日 2022年7月15日号より抜粋