父親を演じることで、純粋無垢な子ども時代を思い出した俳優・井浦新さん。芥川賞受賞作家・今村夏子さんのデビュー作を、森井勇佑監督が映画化した「こちらあみ子」では、子役の少女からいろんなことを学び、吸収したという。
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現場では、大人同士で集まっては、自分が子どもの頃どんな遊びをしていたか、いたずらをしたときに、父親はどう対応したかなど、昔話に花を咲かせた。それは、「自分たちの中にあるあみ子」を思い出す作業でもあったという。
「不思議なんですが、監督も役者もスタッフも、みんなが自分の子ども時代の話をしていました。自分の中にいる“あみ子”……わかりやすく言えば、自分がいちばん純粋無垢だった時期に、周りを心配させたり、困らせたりしたときのことを。最初は子どもの目線で話しているのに、『そういえば、家族はこんなふうに見守ってくれていたな』とか、今度は、大人のことも思い出してくるんです」
新さん自身も、自分の中にあみ子がいて、そのとき感じていたことや見えていたことを思い出した。おもしろい体験をして、それを父に語ったときに、父親はそれをどう受け止めたか。どんな言葉を返してくれたかが鮮明によみがえってきた。
「家の近くに空き地があって、その空き地の前を通ると、目の前にどこからか、ガラクタみたいなおもちゃが飛んでくる場所があったんです。そこで待っているとチャリーンって、足元に謎のキーホルダーが飛んできたり(笑)。草っぱらからボワンって何かが飛び出して、取りに行ってみると下敷きだったり。それを持って帰ると、ガラクタとはいえ、お金もないのに『これどうした?』って親は心配するんですよ。でもそれは、僕らの世界では普通に起きていることで……」
子どもにとっては当たり前に起きていることでも、明らかに新さんの父親は困惑した表情を浮かべていたらしい。
「嘘をついてないことは信じてあげたいと思う、当時の父親の複雑な顔が、脳裏に浮かんできました(笑)。でも、今でもそのときに一緒にいた友達と会うと、そのことを覚えている子と覚えてない子に分かれるんです。大人になっていくと、それが普通じゃなかったことがわかって、忘れていくんでしょうね。僕と、もう一人の友達は、今でも、『あれは何だったんだろうね』って謎の空き地に湧くガラクタの話で盛り上がります」