池袋で開かれたカラオケ大会(撮影/岸本絢)
池袋で開かれたカラオケ大会(撮影/岸本絢)

 樋野は、09年にNPO法人「がん哲学外来」(13年から一般社団法人)、11年に「がん哲学外来市民学会」を立ち上げて、がん哲学外来コーディネーターの養成も始めた。その一人、京都出身の森尚子は、16年に東京・目白でカフェを開設した。14年、48歳で初期の乳がんとわかった。2年後にごく初期の子宮体がんにもなり、子宮と卵巣を摘出。術後の経過が悪く、出血も止まらない。

 そんなときにカフェと出会った。だが、面談で樋野に切々と訴えると、「あなたより大変な人のところに行ってもらえませんか。自分でカフェをやってください」と返ってきた。森は「はあ。私がしんどいんです」と2回繰り返した。

 その後は距離を置いたが、たまたま自宅近くの教会で樋野の講演会が開かれると知り、小児科医の夫と参加した。すると、「人間には最後に死ぬという大きな仕事がある」などの言葉が染み入り、「私だけが悲劇のヒロインではない」と希望が見えた。そして、仏教徒なのに、その教会でカフェを手がけることが決まり、代表となった。

「がんへの恐怖や不安はいつもあります。でも、カフェに来ると、自分一人じゃないと再認識できます。樋野先生は仙人みたいで多くを語らない。先生の言葉を自分で捉え、納得して、答えを見いだしていくのです」

 樋野の夢は、がんに限らず、生きづらさを感じるだれでも気軽に来られるよう、全国でカフェを7千カ所まで増やすことだ。

 樋野が傾倒する内村鑑三に「真理は円形にあらず、楕円形である……真理もまた二元的であって……」という言葉がある。価値観や生き方の多様性を大切にするがん哲学の思想につながる。樋野は都内の教会で洗礼を受けた。「ワイフ」は、宣教師をしていた米国人女性のジーン。ジーンは樋野を「persistent」とみる。「困難にめげずに粘り強い」という意味だ。物静かで、深夜遅くまで、あるいは早朝4時ごろからパソコンに向かう。

■カラオケの熱唱で気づく、人は存在自体に価値がある

 そんな樋野が、少し違う面を見せるのが、癌研時代から好きなカラオケかもしれない。

 2020年1月5日、がん哲学外来の第7回池袋カラオケ大会が開かれた。参加者は、中高年ばかりで約20人。ジーンもいる。森夫妻も来ている。午後5時半、いきなり「くちなしの花」のイントロが流れてきた。樋野が立ち上がり、歌い始める。ふだんとは打って変わって声が大きい。

 みんな素面(しらふ)なのに陽気に盛り上がる。途中、フルーツや生クリームがたっぷり載った大きなハニートーストが運ばれてきた。夫婦で幹事を務める田口謙治(58)、桂子(57)が「10月から1月までに生まれた人は前へどうぞ」と呼びかける。前回のカラオケ大会以降の誕生日の人が対象なのだ。

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