南アフリカと聞けば多くの人が治安の悪さを思い浮かべるだろう。道を歩いているだけで身ぐるみ剥がされるという噂を聞いたことがある人もいるはずだ。地元新聞社で働いた著者が南アフリカの今を明らかにしている。
噂はあくまで噂と指摘する著者だが毎日が驚きの連続だ。地域を支える青年の隣に強盗犯や薬物中毒者がいるのは日常の風景だし、少しでも気を緩めると怪しげな人が寄ってくる。電気料金の値上げに怒った人々は商店や警察署を襲撃する。
とはいえ、本書は恐怖体験をひたすら綴る本ではない。白眉はアパルトヘイト撤廃後の人々の諦念をくみ取ったところだ。絶望すら感じない黒人、スラムに住む白人。人種差別廃絶という物語が完結した今、怒りをどこにぶつければいいのか困惑する人々の素顔を描いている。(栗下直也)
※週刊朝日 2020年5月8-15日号