蛍石はその名前の由来になっている「高温で熱すると発光する」という特徴を持っている。写真レンズに使用できる天然物はない
蛍石はその名前の由来になっている「高温で熱すると発光する」という特徴を持っている。写真レンズに使用できる天然物はない
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 キヤノンの高性能レンズには、蛍石という素材が採用されている。一般的な写真レンズはガラスでできている。ガラスは、ざっくり説明すると、材料を溶かして固めたもので、結晶ではない。一方、蛍石は単結晶である。ガラスと蛍石では光学特性が違い、両者を組み合わせて設計された写真レンズは非常に良好に色収差を補正する。しかし天然で得られる蛍石は小さく、写真レンズに使用できるようなサイズのものはなく、取り扱いも難しい。その蛍石を製造している工場を現地取材した。

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 1966年、キヤノンは蛍石採用の高性能レンズを目指し「キヤノンF計画」を立ち上げた。写真レンズを構成する蛍石を人工で製造しようというものだ。そして69年、 世界で初めて一般消費者向けに人工蛍石を採用した交換レンズ、FL-F300ミリ F5.6が発売された。

 以降その高度な技術を駆使した蛍石の製造は現在に至るまで連綿と続き、高性能なキヤノンレンズを支える素材として活用されている。
 その蛍石を製造しているのがキヤノンのグループ会社であるキヤノンオプトロンだ。今回その工場を見学させていただけることとなった。憧れの蛍石の製造現場を間近に見られるということで、茨城県結城市にある同社工場に心躍らせながら出かけた。

 入り口で迎えてくれたのはキヤノンオプトロン株式会社主幹の大場点さんと、蛍石を使ったテレビカメラ用レンズを設計するキヤノン株式会社イメージコミュニケーション事業本部ICB光学統括部門光学技術統括開発センター部長の塗師隆治さん。

キヤノン株式会社イメージコミュニケーション事業本部ICB光学統括部門光学技術統括開発センター部長・塗師隆治さん(右)、キヤノンオプトロン株式会社主幹・大場点さん
キヤノン株式会社イメージコミュニケーション事業本部ICB光学統括部門光学技術統括開発センター部長・塗師隆治さん(右)、キヤノンオプトロン株式会社主幹・大場点さん

 お二人の案内でまずは結晶を成長させる工程を見学する。そこはベルトコンベヤーが流れ、ロボットアームがくるくる回るような、いかにも工場といった現場ではなかった。体育館のような大きなスペースに箱状の機械が立ち並び、全体的に静かである。

「ここではブリッジマン方式と呼ばれる方式で、原料をるつぼで1400度まで加熱し溶融させ、それをゆっくりと引き下げることによって結晶を成長させています。この工程は7~11日かけて行います」(大場さん)

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