新聞記者が書いた本はたくさんあるが、『ニューヨーク・タイムズを守った男』は新聞社の弁護士が書いたというところがユニークだ。著者のデヴィッド・E・マクローはニューヨーク・タイムズ紙(NYT)の弁護士。
新聞社の弁護士というと、暴走する記者をいさめるブレーキ役のイメージがある。だが著者は違う。いや、NYTは違う、というべきか。同紙では、記事が確実に出るために弁護士が仕事をする。
その典型的な例が、2016年の大統領選直前に行われた、トランプ側弁護士とのやりとりだ。トランプから性的嫌がらせ(というより暴行)を受けた、という2人の女性の話をNYTが掲載した。トランプ側は記事の撤回と謝罪を求め、かなり威圧的な手紙を送ってきた。著者はそれに対して報道の正当性を主張し、「訴えやがれ、望むところだ!」(永江による意訳)と返した。両者は手紙をネットで公開したものだから、世間は大騒ぎ。NYTには賞賛(と批判)のメールが殺到した。
こうしたことはNYTが反トランプ、反共和党だから行われたわけではない、というのが本書の趣旨である。表現の自由、報道の自由を定めた米国憲法修正第1条や、NYT対サリバン事件(1964年)の判例などを尊重すれば、必然的な行動なのだ。本書ではヒラリー・クリントンの私用メール問題や、オバマ政権の隠蔽体質なども鋭く批判している。
トランプはNYTについて「落ち目」と罵倒し続けるが、彼が大統領に就任して同紙の購読者は激増したという。新聞を購読することが、権力監視の第一歩なのである。
※週刊朝日 2020年4月24日号