『世界を知るための哲学的思考実験』
朝日新聞出版より12月20日発売予定
本書は、世界をより深く理解するために、思考実験を通して哲学的にアプローチすることを意図している。
しかし、どうしてそうした試みが必要なのだろうか。思考実験の本なんて、すでに数多く出版されていて、いまさら論じることがあるのだろうか。このような疑問を抱く方もいるだろう。
たとえば、「トロッコ問題」という思考実験を取り上げてみよう。これは、最近では一般的にもよく知られていて、「あー、あれね。暴走列車の話だよね。5人か1人、どちらを助けるかという話でしょう」という反応が返ってくる。たしかに、この話は、「ハーバード白熱教室」の中で、マイケル・サンデルが取り上げたこともあって、日本でも人口に膾炙(かいしゃ)するようになった。
しかし、この話はどうして問題なのだろうか。暴走列車の話なんて、どう考えても現実離れしているし、こんな「わざとらしい問題設定」など、そもそもする必要があるのか。おそらく、こうした疑問もわくはずだ。
たしかに、近頃は思考実験の紹介本も出回っていて、「パズル」を解くような感覚で、語られることも多い。とすれば、本書も時流に乗って、有名な思考実験をお手軽に紹介することをねらったのか。
しかしながら、このような思惑で読み進めると、予想が大きく外れることになる。それはなぜか。
思考実験を取り扱うとき、その文脈や背景を考える必要があるからだ。思考実験をそれだけで考えたところで、あまり意味はない。思考実験を行なうのは、いったい何のためか。「それがなぜ問題となるのか」を考えることが、何よりも重要なのである。
思考実験は、いうなれば一つの「たとえ話」であって、「たとえ」を通して理解すべきことが控えている。プラトンが『国家』の中で「ギュゲスの指輪」という透明人間の思考実験を語ったとき、「誰にも知られずに不正を行なえる場合、ひとはどうふるまうか?」という問いが念頭にあった。透明人間のたとえは、この問いを考えるための糸口であって、問題そのものは思考実験のその先にあったのである。