「69’N’ROLL ONE」のラーメンを食べて以来、地鶏を使ったラーメンで独立することは決めていた。だが、実は岩本さん、これまで地鶏を使ったことがなかったのだ。まず仕入先からわからない。寿司職人の父親が通う市場でも見つからない。片っ端からいろんな問屋に電話をかけ、オープンの2週間前にようやく比内地鶏をゲットする。ギリギリだった。
お店は、実家の寿司屋の一角を使えることになり、父親の店と並ぶ形でオープンした。「家を継ぐ」「ラーメンで独立する」。この2つを実現するにはこの形しかなかったが、川越駅から6kmも離れた郊外でお客さんが集まってくれるのか。オープン前からハンデが大きすぎた。
「1日30人を目標にして、自分ひとりで回していく予定でした。この数字で経営計画を立てましたが、そんなにお客さんが来るのかとツッコミが入るぐらいの状態でした」(岩本さん)
こうして13年6月、「中華そば 四つ葉」はオープンした。何もない街で四つ葉のクローバーを見つけたような気持ちになってほしい。そんな意味合いを込めて名付けた。
■「しょっぱい」「油が多い」 東京のラーメンが郊外でウケない現実
開店当初は寿司屋のお客さんや友人たちが来てくれ、小さい街なので住民の話題にもなった。だが、「四つ葉」のラーメンは川島町では理解されなかった。しょっぱい、油が多いなど、否定的な意見が多く集まった。岩本さんが感動し、東京では人気の生醤油に鶏のスープと鶏油を合わせた味も、郊外ではなかなかウケなかったというわけだ。
「何を言われても人の意見は聞きませんでした。自分が美味しいと思う一杯を貫きました」(岩本さん)
否定的な意見に惑わされることなく、自分の味を作り続けた。しばらくするとSNSで評判が広がり、来店客数も徐々に増え始めた。そして10月、転機が訪れる。「ラーメンWalker埼玉」(KADOKAWA)の表紙に選ばれたのだ。新店部門のスーパールーキーベスト3となり、その中で「四つ葉」が表紙になった。ラーメンフリークが集まるようになり、遠方から訪れるお客さんが激増した。営業中にスープが終わってしまい、売り切れになってしまう日もあった。
ようやく認められた――。そう思った岩本さんだが、食業界の大先輩である父親は厳しかった。