ちょうど一年前、「スティーブン・ジョンソンの新作が秋に出るので、話が決まったら翻訳を」と担当編集者さんからお話をいただいたとき、とてもワクワクした。スティーブン・ジョンソンは米国のノンフィクションライターで、イノベーションや世界情勢をユニークな切り口でとらえ、興味をそそる物語でわかりやすく伝える名人だ。『新・人類進化史』シリーズとして出版されている前作・前々作も、じつに豊富なエピソードが盛り込まれていて、訳すのが楽しい本だった。

 第一弾は『世界をつくった6つの革命の物語』。革命的な科学技術がどういう経緯で発明され、文明の発展や社会の変化につながったのかを、「ガラス」「冷たさ」「音」「清潔」「時間」「光」の六つの要素について解明している。たとえば、北国の天然氷を南国に運ぶことを思いついた男が見抜いた「冷たさ」の価値は、人工冷却装置の発明につながり、いまやエアコンで地球上の人口分布が変化し、卵子の凍結保存は人間の生命観にも影響している。第二弾の『世界を変えた6つの「気晴らし」の物語』は、ファッションや音楽、ゲーム、レジャーランドなど、遊びや楽しみという観点から世界史を読み解いた本だ。たとえば、一七世紀の英国女性がインド産の木綿の柔らかい手触りやあせない染色を好んだことが産業革命にまでつながった、という具合に。

 そして新作の原書が私の手元に届いた。これまでとはだいぶ趣がちがう。前の二冊は写真や絵がふんだんに入っていたのに、今回は一枚もない。翻訳者としてはちょっとがっかり。しかもテーマは意思決定。ある意味、ありがちで陳腐な話題だ。意思決定についての本は、決定プロセスを脳の機能と結びつけて解説する科学書もあれば、賢明な経営判断のためのハウツーを説くビジネス書もある。目次を見てみると、1・マッピング、2・予測、3・決定、4・グローバルな選択、5・個人的な選択、いたって一般的な章タイトルが並ぶ。

次のページ