へりくつキャラだけどどこか憎めない水田信二さんと、優しい雰囲気で女性人気上昇中の川西賢志郎さん。注目の若手実力派漫才コンビ「和牛」に聞いた。
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──年末のM‐1グランプリ、優勝を目指していたお二人には悔しい結果だったと思いますが、パフォーマンスとしてはやり切った?
川西:そうですね。
水田:やりたいネタをやりたいようにできました。わりとすがすがしい思いです。
──お二人はNSC(吉本総合芸能学院)大阪校卒業後、共通の友人の紹介で知り合ったんですよね。会ったとき、「相性よさそうだな」と思いました?
水田:とくになかったですね(笑)。
川西:アマチュアが上に行く道筋って、ある程度決まっているんです。インディーズライブに出てネタを磨いてオーディションに行って、合格したら劇場に入れる。だからとにかく一生懸命やって、結果を出そうと。
──実際やってみたら「俺たち相性がいいな」とか?
水田:いや、それもないですね(笑)。
川西:バーンと結果が出ていれば「いけるかもな」となったかもしれませんが、僕らは程よく落ちましたから。浮き沈みを繰り返しながら進んできたというか。
水田:同期には、組んですぐうまくいくコンビも多かったですけどね。たぶん僕らが一番地道に、ゆっくり登ってきたと思います。
──いわゆる“下積み時代”は、いつ頃まで?
川西:お笑いで食べていける給料をもらいだしたのが、2014年じゃない?
水田:そやな。コンビ組んで8年くらいは、バイトしてましたね。
川西:バイトもできひん時期があったやん。劇場の出番はいっぱいあって一日埋まってるけど、出ても千円にしかならないとか。お金の面では一番しんどかった。
──それでも、「やめよう」とは思わなかった?
川西:やめようとか解散を切り出すとかはなかったですね。ただ年を重ねるごとに、「ヤバイな。はよちゃんと生活したいな」という思いはありました。
水田:12、13年くらいの頃、僕は逃げる夢ばっかり見てましたね。犯罪者から逃げるとか、自分が刑務所から逃げ出すとか。何から逃げるかはいろいろなんですよ。
川西:僕は見てないですよ(笑)。
水田:おまえも出てきてたで(笑)。調べたら、「今の生活から逃れたい」っていう願望だと。で、13、14年くらいから見なくなったんです。そのときからネタの作り方が、グッとよくなったというか。
川西:「イケる」って思ったんやろうな。自分らがいいと思ったネタが、すごい評判よかったから。