
伝説の柔道家・木村政彦を描いた『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した増田俊也さんの新作『猿と人間』(宝島社、1650円・税込み)は、デビュー作『シャトゥーン ヒグマの森』以来の動物パニックものだ。
「僕はここ数年、複雑なものばかり書いてきたので、原点に戻ってストーリーラインを一本にし、力強く書くことを念頭に執筆しました」
主人公は、離れて暮らす父親に連れられ鴨猟にやってきた16歳の少年。サッカー部のエースでありながら組織に違和感を感じ退部するような繊細な一面がある。身体感覚が鋭敏で音や獣臭に敏感に反応するため、体育会系の父親からはいわゆる「男らしくない」といった扱いをされている。
「テストステロン分泌量がまだ少なく、性分化する前の中性的な男の子を描きたかった。社会的にもまだ男ではなく、狭間に生きるような存在です」
そんな少々距離感のある父と息子が鴨猟を通して和解し始めた頃、襲い掛かってくる猿・猿・猿──。
ここから壮絶な「猿と人間」の死闘が繰り広げられるが、男らしさを誇り、それに拘泥した成人男性がばたばたと死んでいき、逆に主人公の少年と女性だけが生き残る。
「男らしいところを見せようとする人間がその通りに死んでいくという話です。男性社会の崩壊を象徴しています。小説は説明ではないし評論でもないですが、感じ取ってくれる人には感じ取ってほしい」