毎月のように新刊を出す作家がいる一方で、数年に1作という寡作作家もいる。原尞の場合は、デビューから30年の間に長編4作、短編集1冊、エッセイ集2冊。5作目の長編が『それまでの明日』だ。前作『愚か者死すべし』から14年ぶりとなる。ネット書店のコメント欄は、新作発売を言祝ぐファンでいっぱいだ。
今回も主人公はこれまでのすべての作品と同じく、探偵の沢崎。沢崎は金融会社の支店長から、料亭の女将の身辺調査を依頼される。融資案件についての調査だが、派閥抗争にからむので会社には極秘で、と支店長は告げる。
沢崎が調べると、女将はすでに死んでいた。ところが経過を報告しようにも、支店長と連絡がつかない。勤務先の金融会社を訪ねると、強盗事件が発生し、沢崎は巻き込まれてしまう。その後も支店長の行方は依然として不明……。
文体は原が心酔するというレイモンド・チャンドラーのよう。模倣ではなくオマージュというべきか。そういえば村上春樹がチャンドラーの長編7作すべてを新訳している。原の作品と読み比べるのもおもしろい。
探偵小説は失ったものを見つけ出そうとする物語である。この作品は、依頼された調査の結果はすぐわかるが(女将の死)、依頼人が姿を消すことで、何を見つけ出すべきかがわからなくなる。まるで現代人そのもの。
小説の最後で東日本大震災が起きる。つまり小説の舞台は2010年11月から2011年3月。原の前作が発表されてから14年の間に、わたしたちは何を失い、何を見つけたのだろう。本作もまた、震災後文学である。
※週刊朝日 2018年3月30日号