■翻訳家、文芸評論家・鴻巣友季子
(1)『生まれつき翻訳』(R・L・ウォルコウィッツ著、佐藤元状ほか訳 松籟社)
(2)『翻訳のスキャンダル』(L・ヴェヌティ著、秋草俊一郎ほか訳 フィルムアート社)
(3)『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社編集部編 白水社)
(1)は英語作品から見た世界の文学的眺望図。英語一強のヒエラルキーを突き崩す。中央集権的ピラミッド構造から地方への権限移譲と多文化主義へ。(2)は待望の邦訳。90年代に著者が打ち出した「同化・異化翻訳」「翻訳者の不可視化」は世界文学論の必須概念。(3)は「その他」と括られる“マイナー言語”の翻訳者たちへのインタビュー集。オリエンタリズムに対する明敏な洞察が各論に通底する。
■ノンフィクション作家・後藤正治
(1)『ベイルート961時間』(関口涼子 講談社)
(2)『虚空の人』(鈴木忠平 文藝春秋)
(3)『満洲国グランドホテル』(平山周吉 芸術新聞社)
(1)は、仏在住の詩人・翻訳家がベイルート(レバノン)に滞在して綴った食の探訪記。混迷する世界のいまを感じさせる。(2)は、堕ちたヒーロー、清原和博を追う。薬物摂取後の鬱に苦しむ清原への旅は、著者の内面をも問うていく。文学的趣を帯びた人物ノンフィクション。(3)は、旧満洲に足跡を残す、さまざまな群像の物語。負の近現代史の断層がリアルに伝わってくる。
■作家、比較文学者・小谷野敦
(1)『雨滴は続く』(西村賢太 文藝春秋)
(2)『N/A』(年森瑛 文藝春秋)
(3)『「社会正義」はいつも正しい』(H・プラックローズ、J・リンゼイ著、山形浩生ほか訳 早川書房)
西村賢太の急死には驚いたが、(1)は雑誌連載中から欠かさず読んでいて、野間文芸賞をとるんじゃないかと思っていた。作家デビューする当時のことを精細に描いた私小説で、北陸の新聞記者で「貫多」から片思いされる女性が賢太没後、作中の変名で追悼文を『文學界』に載せたのも変わった趣向で面白かった。(2)と(3)は、ポリコレが流行する中で、疑念を投げかけた著作。