■作家・亀和田武
(1)『シロかクロか、どちらにしてもトラ柄ではない』(文・金井美恵子、絵・金井久美子 平凡社)
(2)『翻訳を産む文学、文学を産む翻訳』(邵丹 松柏社)
(3)『メイド・イン・オキュパイド・ジャパン』(小坂一也 小学館文庫)
村上春樹に影響を与えた海外小説から筆を起こす(2)の著者は、85年生まれの中国人だ。ブローティガンとヴォネガットが村上を惹きつけたわけを、藤本和子やSF翻訳者に見出す視点が新鮮だ。姉妹による(1)を読む心地よさは何物にも代えがたい。猫と映画。鋭い批評性と優しさが共存する贅沢このうえない一冊。(3)はアメリカを愛しすぎた男の軽やかな回想記なのだが、どこか哀切で心に残る。
■ライター・栗下直也
(1)『統合失調症の一族』(R・コルカー著、柴田裕之訳 早川書房)
(2)『おもちゃ 河井案里との対話』(常井健一 文藝春秋)
(3)『農協の闇(くらやみ)』(窪田新之助 講談社現代新書)
(1)は米国のある一家の壮絶な歴史だ。子ども12人の半数が精神病を次々に発症、家庭では妄想、奇行、暴力が日常となる。当然、残りの6人は「次は私では」と時限爆弾を抱えた心境になる。末娘の告白から当時の八方塞がりの状況が浮かび上がる。本書は統合失調症に医学がどう向き合ったかの歴史でもある。病気は遺伝か環境か。12人の子どもは医学にとって格好のデータでもあった。
■詩人・小池昌代
(1)『氷の城』(T・ヴェーソス著、朝田千惠ほか訳 国書刊行会)
(2)『ポーランディア 最後の夏に』(工藤正廣 未知谷)
(3)『電解質のコラージュ』(高草木倫太郎 七月堂)
(1)はノルウェーの物故した国民的作家。本作は宮沢賢治『銀河鉄道の夜』の双子の妹だ! 大自然を舞台に少女の出会いと喪失が描かれる。氷の冷たさと人肌の温かさとが神秘的に融合。(2)はポーランド滞在の記憶を礎に創作された、人間の運命と歴史と詩を巡る物語。引用詩の言葉が見事に転移していく。(3)は詩集。千円でお釣りが来る。絶望に満ちたわが心も、ふうっと宙に浮きました。