僕は幼児の頃からひとりっ子で育てられて、絵ばかり描いていた子供だから孤独は慣れているというか、孤独こそ僕の自然体の姿だと思っているので、天空の眼の同情など、余計なお世話です。ホットイテ下さい、また孤独ほど無二の親友はないのです。また孤独ほど広大無辺の空間はないのです。他人の関与しない世界ほど自由と快楽の世界はないのです。「芸術は爆発だ!」なんてアホなことを言うもんじゃありません。「芸術は孤独だ!」から生まれるもので、爆発は世界の消滅で、死以外の何ものでもなく、何も創造しません。

 僕の正月三が日はこのように孤独を愛し、孤独に愛される日々を送ります。この間、夢について書きましたが、正月の初夢だけは日常の延長の夢とどういうわけか切り離されて、何故か特別の夢を見せてくれます。初夢は二日の夜に見る夢のことらしいのです。初夢は「一富士二鷹三茄子」と言って初夢の縁起の良い順番をいうらしく、一番が富士山、二番が鷹、三番が茄子だそうです。誰が言ったか知らないが、故事ことわざではそうなっているのです。一説では駿河(静岡県)の国の名物の順番であるという。さらに「一富士二鷹三茄子四扇五煙草六座頭」と続くらしいが、そんなこと知ったからといって、どうってことないですよね。

 僕は縁起のいい夢といわれている一番の富士山の夢を初夢で2回、見ています。最初の富士山の夢は鷹に代わって大きい亀が富士山の宙空に跳びはねている夢。もうひとつは富士山が二つ重なって並んでいる夢です。これらの夢を見た年に何か縁起のいいことがあったかどうかは記憶にはないけれど、今でもこの二つの夢は不思議と忘れないで覚えています。

 正月休みだからと言って誰か来るわけではないし、行くとすれば初詣ぐらいかな。それも行ってみたり行かなかったりで、その時の気分です。黒澤明さんの映画でおなじみの土屋嘉男さんの生前には、正月になると二人で自転車に乗って、野川上流の水源まで行ったり、遠くの氷川神社に初詣をしたりして、黒澤さんや三船敏郎さんや原節子さんを今、目の前にいるように、演技たっぷりで物真似などして見せてくれたあの年上の親友も今じゃ、鬼籍の人になってしまいました。土屋さんがいなくなって以来、再び孤独の正月に戻りました。

 正月休みを利用して温泉に行くとか、ハワイに行くなどの発想は毛頭ないですね。アトリエで無為な時間を過ごしていると、自然に昔、海外をひとり旅した光景が再現されて、そういう記憶の時間の中で知らず知らず遊んでいるように思いますが、その記憶も年と共に薄らいで幻のように朦朧としてきます。

横尾忠則(よこお・ただのり)/1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。2011年度朝日賞。15年世界文化賞。20年東京都名誉都民顕彰

週刊朝日  2023年1月6-13日合併号

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