昨年、大方の予想を覆した米大統領選のトランプ当選は、アメリカのみならず全世界に衝撃を与えた。日本でも連日トランプに関する報道が続き、今後世界がどのような方向に向かっていくのか、戦々恐々としている人も少なくないのではないだろうか。映画評論家・町山智浩氏による『週刊文春』の連載をまとめた本書『実況中継 トランプのアメリカ征服 言霊USA2017』は、現地からトランプ当選前後のアメリカの様子を生々しく伝えてくれる1冊だ。
「トランプ勝利を見抜けなかったことで、主流メディアの権威はついに失墜し、今や、ただひとつの真実などなく、誰もが自分の信じたい『真実』だけを信じる時代になった」(本書より)。
そう冒頭に述べて始まる本書には、そんな時代にアメリカを生きる人々のリアルな声が数多く収録されている。
たとえば、トランプが唱える「移民排斥」とも言われる数々の政策は世界中から大きな注目を集めているが、当の移民たちはどのように感じているのか? 投開票当日に取材を試みた著者は、26年前にポーランドから移民したという女性とのやり取りをこう記している。
「誰に投票しました? 『言っていいのかしら』いたずらっぽく声を潜めて『ごめんなさいね、トランプよ』 でも、あなたも移民ですよね? 『そうよ。でも、アメリカには強くあってほしいの。トランプはアメリカを強くしてくれるわ!』」(本書より)
ベトナムからの難民としてアメリカに移住した両親を持つティラ・テキーラは、アジア人差別的な書き込みと徹底的にバトルし、いわばネット炎上で有名になった元グラビアモデル。そんな彼女は本書によれば、2015年にトランプが大統領選に出馬するとさっそく応援ビデオをアップし、「難民を締め出すのって必要だと思うの」と主張。トランプが女性蔑視的な発言をした際には、なんと「『私もプッシーつかまれたいわ』と大喜び」だったという。
また、本書には「トランプ解体新書」などのスペシャルレビューを収録。ここではトランプの3人の妻や子どもたちをはじめ、選挙対策マネージャーを務めたコリー・ルワンドスキーやスポークスパーソンとしてメディアで過激な発言を続けるカトリーナ・ピアソンなどを幅広く解説している。
たとえば、2番目の妻であるマーラ・メイプルズとトランプの関係性をこう紹介する。
「マーラはインタビューで『トランプにはパワーがありましたが、ここ(ハートを示し)にはありませんでした。彼との結婚生活を去ったのは、それが空虚な暗闇だったからです』と答えた」(本書より)といい、トランプが大統領選に出馬した際にも、「娘の父だから批判はしない」(本書より)とだけ語っているという。
1番目の妻イヴァナが「貧しい移民だった私にチャンスをくれたわ」(本書より)とトランプを好意的に評価し、今回の大統領でも「『チアリーダー』として応援して」(本書より)いたのとは対照的だ。当然のことかもしれないが、トランプファミリーも決して一枚岩ではないという様子が伺える。
このように、本書には現地アメリカで大統領選をリアルタイムで見つめた著者からの生々しいレポートが満載だ。もちろん連載のため、トランプ以外を扱った回も多数収録されており、ノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランやラッパーのカニエ・ウエストなどのセレブに触れた回もある。
知っているようで知らない"生きたアメリカの姿"を、様々な角度から教えてくれる貴重な1冊ではないだろうか。