限界集落の再生物語は多々あれど、この本はどうだろう。太田俊明『姥捨て山繁盛記』。2016年の日経小説大賞受賞作である。
舞台は山梨県の穂津村。50年前のダム建設計画で村は水没するはずだったが、住民の移転がほぼ完了した現在も計画は凍結されたままだ。一方、移転代替地に移った新穂津村はダムの補償金を当てにした介護と医療の施設「シニアの郷」を整備中。かつてはダム建設に反対だった400世帯ほどの住民も現在はこぞって推進派である。
主人公の西澤亮輔は59歳。初期認知症と診断され、会社を早期退職して「シニアの郷」の介護施設に入所した。普通に日常生活が送れるのはあと3年。3年たったら静かに死ぬつもりだった。
ところが、彼は知るのである。水没予定地の谷の村「姥捨て村」にはダム建設に反対する10世帯ほどの住民が残っており、そこのワイナリーでは「幻のワイン」の異名をとる日本一のワインが生産されていることを。さらには、都会の客が押しよせるジャムのショップ、睡蓮が浮かぶモネの庭……。
娘の由香は思わずいった。
〈お父さんには悪いけど、シニアの郷は作り物のユートピア。でも、ここは本物のユートピアよ〉
ワイナリーのオーナー桝山太一と意気投合した亮輔は、ダムの底に沈む土地と承知の上で、レストランを開きたいと考える。
まあ一種のおとぎ話ですよね。何よりおとぎ話なのは信じがたいほど有能な人材が揃っていることで、店を畳んだ一流のパン職人はいるわ、一流ホテルの元総料理長はいるわ、優秀な果樹や小麦の作り手はいるわ……。しかも中心的な人物は50~60歳代。その歳でここまで年寄り臭いかな。
とはいえ後半は完全に中高年のヒーロー物語である。ダム建設という国家事業に立ち向かう谷の住人たちとダム推進派との対決が見どころだ。〈沈む船に最後まで残るのは、年寄りと決まってるんだ〉とは豪雨の際にヒロイックな行動に出る亮輔の言葉。ちなみに日経小説大賞は応募者の過半数が60~70歳代だそうだ。納得。
※週刊朝日 2016年4月7日号