『THE BOOTLEG SERIES VOL.10 ANOTHER SELF PORTRAIT (1969-1971)』BOB DYLAN
『THE BOOTLEG SERIES VOL.10 ANOTHER SELF PORTRAIT (1969-1971)』BOB DYLAN

 アメリカ人音楽ジャーナリスト、グリール・マーカスの『ミステリー・トレイン』という本をご存知だろうか? 1960年代末から米ローリングストーン誌などでコラムニスト/評論家として働き、次第に評価を高めていった彼が75年に発表した本だ。僕は70年代後半にまず三井徹氏の翻訳で読み、やや恥ずかしい告白だが、漠然とながら「いつかこういう仕事をしてみたい」と思うようになった。こうして音楽に関する文章を書いていることの、それが、いわば原点であったわけだ。たしか80年前後には原書も手に入れ、2008年発行の第5版まで追いかけてきた(第6版が15年に出ている)。ザ・バンドに焦点を当てた章での「ディランがまだ高校の校長を脅かしていたころ、すでにプロとして働いていたリヴォンは、同行しなかった」という文章など、そのままの形で僕自身の財産として存在しつづけてきたパートも少なくない。

 ボブ・ディランが1970年夏に『セルフ・ポートレイト』を発表したあと、ローリングストーン誌でその2枚組アルバムについてのレヴューを任されたマーカスは、冒頭、こう書いたそうだ。WHAT IS THIS SHIT? 訳す必要もないと思うが、つまりディランは、理解者であったはずの男からかなりきつい言葉を浴びせかけられてしまったのだ。多くのメディア、ライターも、おおむねマーカスに近い受け止めだったらしい。「なにこれ?」というところだろう。

 ウッドストックでのオートバイ事故とロビー・ロバートソンたちとの『地下室セッション』のあとディランは、1967年暮れに『ジョン・ウェズリー・ハーディング』、69年春に『ナッシュヴィル・スカイライン』を発表し、1970年代最初の年(彼にとっては二十代最後の年)には、夏に文字どおりの自画像をジャケットに使った『セルフ・ポートレイト』、秋には《イフ・ノット・フォー・ユー》などを収めた『ニュー・モーニング』と、2つの作品を立てつづけに送り出している。

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大友博

大友博

大友博(おおともひろし)1953年東京都生まれ。早大卒。音楽ライター。会社員、雑誌編集者をへて84年からフリー。米英のロック、ブルース音楽を中心に執筆。並行して洋楽関連番組の構成も担当。ニール・ヤングには『グリーンデイル』映画版完成後、LAでインタビューしている。著書に、『エリック・クラプトン』(光文社新書)、『この50枚から始めるロック入門』(西田浩ほかとの共編著、中公新書ラクレ)など。dot.内の「Music Street」で現在「ディラン名盤20選」を連載中

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