あんぱんの場面から(C)NHK
あんぱんの場面から(C)NHK

「漫画家の妻として生きる」

 これでようやく嵩は、会社を辞めて漫画一本で生きていく意思をのぶに打ち明ける。のぶは副業(漫画)の収入が本業(百貨店)の給料と並んだら辞めるという目標を掲げ、全力で応援すると約束した。

 しかし、副業収入が本業を上回ってなお、嵩は会社を辞められなかった。その理由は、金銭の問題ではなかった。「本気になって結果が出なかったらどうしよう」という恐怖だ。会社員でいる限り「まだ本気じゃない」と逃げ道を残せるが、漫画家一本になった瞬間、その逃げ場は消える。

 最終的にその背中を押したのは、のぶの言葉だった。「漫画で食べれんでも、私が食べさせちゃるき」。これは経済的支援の約束ではなく、「失敗してもあなたの価値は変わらない」というメッセージである。

 注目すべきは、のぶが「献身的な妻」の枠を超えていることだ。彼女は嵩を支えるだけでなく、先に走って彼を引っ張る存在。嵩が迷っている間も、のぶはすでに「漫画家の妻として生きる」と覚悟を決めていた。この5年間の沈黙も、彼女なりの「信じて待つ」という愛の形だったのである。

 嵩の決断を後押ししたもう1つの要因は、いせたくや(大森元貴)との再会だ。タクシー運転手を解雇されたばかりのたくやは「これからは音楽で生きていく」と前向きに語り、その姿が嵩を刺激した。特に嵩に対して、「(手嶌に)嫉妬したって言えるなんて、あなたは強い人です」とのたくやの言葉は、嵩が自分の弱さを認める勇気を与える。

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