「世界の工場」を目指した反動
習近平指導部は近年になってやっと環境保護の方針を進め始めているが、ことチベットの水源問題については、すでに「手遅れ」の段階に達しているように見受けられる。
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は2035年までにヒマラヤ氷河の大半が消失する可能性があると警告している。
もはや中国社会は水不足で崩壊しかねないほど追いつめられており、しかもインドをはじめとする近隣国まで巻き込もうとしているのである。
もう一つ見落とせないのが、1990年代から中国が「世界の工場」を目指したことの「ツケ」だ。
沿岸部のみならず、内陸部でも工業化を進めたことで、水質汚濁が広範にわたっている。中国の製造業は「中国包囲網」が叫ばれる中でも、いまだに突出している。地域によっては水資源の大半を工場に回しており、飲み水が制限されている地域も出始めているという報告もある。
「水を貯めて使う」方式はもう限界?
さらに、電力にも水は必要である。水力発電は言うまでもなく、石炭炉も原子炉も冷却源として水を必要としている。冷却水が不足すれば電力不足が起こりうる。
中国は原発を増設することで「世界の工場」としての地位を維持してきたが、水不足によって電力不足が起これば、その地位も失墜する。その動きが急激であれば、世界の供給網に深刻な打撃を与えかねない。
三峡ダムをはじめとする巨大水利事業は、確かに一時的には水供給や発電能力を向上させたが、そのコストはあまりに大きい。
建設前から、土砂堆積によるダム機能の劣化、生態系の破壊、地域や文化財の水没と大規模移住、気候変動による運用不能などが懸念されていたが、そのすべてが現実のものとなりつつある。
特に近年は、気候の不確実性が増しており、従来の「水を貯めて使う」方式が限界に近い。気象が予測できないものになっており、貯水管理することが困難を極めており、計画された貯水量と実際の降水量との乖離がますます広がっている。
実際、近年は、三峡ダムが水害抑制にさほど貢献していない指摘されている。にもかかわらず、中国政府が新たな巨大ダムを相次いで計画・建設している現状は、あまりにも杜撰だ。持続可能性を無視した「巨大プロジェクト偏重」は将来リスクを増大させ、いつしか中国社会を根底から破壊するものにもなりかねない。