水事業はまさに「自転車操業」

 中国では古くから南北の水格差が深刻な問題とされてきた。その解決策として毛沢東時代から構想された「南水北調プロジェクト」は、長江の水を北部へと運ぶ世界最大規模の水利事業である。

 それでも北部の慢性的水不足は改善されておらず、中国の水事情はぎりぎりの「自転車操業」で維持されている。

 中国の農業や工業の中心である華北平原では、地下水の過剰汲み上げが続いており、地盤沈下と砂漠化が止まらない。すでに北京や天津では都市用水の80%近くが地下水に依存しており、枯渇寸前との警告が何度も出ているという。

 南部の水不足は、北部の農業崩壊につながる。それが政情や国際価格へ影響を与えるという負の構造がすでにできあがっている。

「アジアの給水塔」で異変が起きている

 最も注目すべきは中国において「水の塔」と称されるチベット高原の変化である。

 ヒマラヤを含むチベット高原の積雪量が過去23年で最低を記録。2025年3月に中国当局が発表した調査では、国内の氷河面積が過去60年で26%も縮小し、7000を超える小規模氷河が消滅している。

 これは中国だけの問題ではない。黄河や長江のほか、メコン川、インダス川などアジア諸国を潤す河川の水源が危機に瀕しており、世界人口のツートップであるインドと中国、そしてバングラデシュやタイなど多くの国を巻き込みかねない。

 総人口を考えると、その影響は甚大だ。

 かつて中国が推進した「西部大開発」政策では、鉄道やダムがチベット高原の生態系に深く食い込み、工場排水や宅地開発によって水質悪化も急速に進行した。氷河の融解と合わせて、水質・水量の双方で危機が進行している。

 ただでさえ温暖化によって氷河が減少しているのに、開発による水質汚濁によって、さらに飲み水まで減らすという中国当局の方策は信じがたいが、成長によって人民の生活を向上させることでしか社会安定が保てない中国においては、それ以外の選択肢が考えられなかったのかもしれない。

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