
やなせたかしさん、小松暢さん夫妻をモデルに、苦悩と荒波を越えてふたりが「アンパンマン」にたどり着く姿を描くNHK連続テレビ小説「あんぱん」(毎週月~土曜午前8時NHK総合ほかにて放送中)。28日から始まった第18週(86~90話)は、8年越しの告白を経て、仕事を辞めて東京へやってきた嵩(北村匠海)と、それを迎えるのぶ(今田美桜)の甘いシーンが続いた1週間だった。しかし、波乱を予感させる場面も随所に見られた。
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幸せなシーンが続くと逆に?
89話、ガード下の人々に見送られながら新居へ向かうふたりの姿は、まさに新しい人生の始まりを告げていた。しかし、待っていたのは、共同トイレの天井に大きな穴が開いているといった環境。雨が降ればずぶ濡れになるほどの状況を、のぶは能天気に笑い飛ばす。そして雨に濡れて帰ってきた嵩の髪を、タオルでそっと拭いてあげる──この何気ない優しさにこそ、このドラマが描く「本当のしあわせ」があるのだろう。数日後、仕事から帰った嵩を「おかえり」と迎えるのぶ。
2人が結婚に至るまでは紆余曲折あった。ということは今週、幸せなシーンが続いたということは、この後、とんでもないことが起こるのではないか。
火種となりそうなのが、のぶと、嵩の母・登美子(松嶋菜々子)との価値観の衝突である。87話で突然のぶの長屋に現れた登美子。戦後の混乱を生き抜いた彼女にとって、「安定した職」は何よりも大切なものだ。登美子自身、3度目に結婚した軍人の夫に先立たれた。だから登美子は漫画を描きたい嵩を、「ちゃんとしたところに就職して、のぶさんを安心させてあげなさい」「漫画なんて大の男がやることじゃないでしょ」と切り捨てる。そんな母と「お母さんになんと言われたち、嵩は漫画を描くべきや」というのぶの願いの間で、嵩がうまく立ち回れるはずもなく、88話では、嵩は三星百貨店・宣伝部への就職を決めてしまう。

すれ違いを抱えたまま、嵩は感動のプロポーズの言葉を口にする。「(のぶと嵩を支えていたが亡くなった)千尋の分も、次郎さんの分も、僕が幸せにします。結婚してください」。のぶは大粒の涙を流し「ふつつか者ですけんど、よろしゅうお願いします」と受け入れたが、その涙は100%の喜びだっただろうか。自分のために夢を諦めた嵩への、感謝と申しわけなさが入り混じった複雑なものだったのではないだろうか。
「1人でできることの限界」
前週まで八木(妻夫木聡)への嫉妬を燃料に創作意欲を燃やしていた嵩が、今週は、のぶのために漫画を後回しにするという真逆の選択をした。後退に見えるが、いったん夢を手放すことで、より深い「人をしあわせにしたい」という想いに気づくプロセスのように感じる。アンパンマンが「自分の顔を分け与える」ヒーローであることを考えると、嵩のこの自己犠牲的な愛こそが、真のヒーロー誕生への第一歩なのかもしれない。
一方、のぶ自身も代議士・鉄子(戸田恵子)のもとで壁にぶつかっていた。法律という大きな仕組みの中で、救えない子どもたちがいる現実に、「1人でできることの限界」を痛感する日々。そのもどかしさは、「自分は本当にやりたい仕事ができているのか? そして、嵩は?」という問いとなって、彼女の内側で静かに大きくなっていく。
印象的だったシーンは90話にもあった。両家の家族が狭い新居でそろい踏みとなった場面で、みなが口々に、結婚観を語るのだ。ここで交わされる会話は、当時の価値観を色濃く反映している。
のぶの祖母・くら(浅田美代子)と母・羽多子(江口のりこ)は「しっかりした女に支えられて男はひとかどの人物になる」という支える愛。嵩のおば・千代子(戸田菜穂)は「うんと惚れちょりましたき」という慕う愛。

これら歴史的文脈の上に、のぶの想いが位置づけられる。のぶは、そのどれでもない「しあわせって誰かにしてもらうもんやのうて、2人でなるもんやないろうか」と結論づけた。それは、どちらかが一方的に支える関係ではない。ともに「何が起きてもひっくり返らんもの」を探す対等なパートナーシップだ。
しかしこれが波乱の火種になっているのではないか。まだ2人は、お互いと、仕事について意識を共有できずに、すれ違っているのだから。
第18週のタイトルは「ふたりしてあるく 今がしあわせ」だったが、その道のりは平たんではなかった。夢と現実、母と妻、個人と社会──その間で揺れ続けるふたりの歩みはまだまだ続く。
(澤由美彦)