
演じる役柄としても、ポジションとしても、作品の中心的な役割を担う鈴木亮平さん。42歳の今、その存在感はますます増すばかりだ。AERA 2025年8月4日号より。
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──アクション要素が強い作品にも、いわゆる“歴史もの”にも、作家性の強い作品にも、幅広く出演してきた。キャリアを俯瞰し、その時々の自分に必要なものを考えることもあるという。
そうしたことは常に考えていますが、「映画」というものにはずっと興味がありますね。ひと言に「演技」と言っても色々なトーンがあります。エンターテインメントに寄った作品であれば、どうしても演技で「どう観客に伝えるか」ということが大事になっていく。ですが、僕が若い頃からレッスンを受けたり、影響を受けたりして勉強してきた演技は、どちらかというとより抑えた、実際の人間の反応に近い、ドキュメンタリーに近いようなもの。海外では「リアリズム演劇」と呼ばれていますが、自分としてはそうしたものを突き詰めたうえでエンターテインメントとして大きく出してみたり、逆に小さく出してみたり、と調整しているつもりです。
そうした意味では、テレビドラマでの表現となると、視聴環境やCMの有無まで考える必要があり、良い・悪いは別として「わかりやすく表現する」ことも必要になる。よりリアリズムに寄った映画に興味を持ち続けているのは、僕が若い頃にそうした作品で役を頂けるタイプではなかったからなのかもしれません。
どれだけ本物の役者に近づいたか
──俳優としてのキャリアを重ねるなかで、大切にしてきた言葉がある。曰く“セルフ四字熟語”。自ら生み出した言葉だ。
勝手に「不執研鑽」というオリジナルの四字熟語を作っていて(笑)。物事に必要以上に執着せず、自分を鍛え続ければ自然と道は拓けるのではないか、という意味を込めています。これは、大河ドラマ「西郷どん」(2018年)で「敬天愛人」を座右の銘としていた西郷隆盛を演じたことが影響しています。
俳優という仕事をしているとどうしても、やりたかった役を掴むことができなかったり、興行成績が振るわなかったり、企画が途中で頓挫したり、と色々なことが起こります。でも少し距離を置いて考えると、一つ一つの「結果」に左右されるよりも、自分がそれでどれだけ成長し、どれだけ本物の役者に近づいたか、ということしかないと思うんですよね。真摯に取り組まなければ、一つや二つ、表面的な「成功」を手にしたところで、すぐに実力が見破られてしまう。
どれだけ失敗したとしても、演技だけでなく人間性や想像力といった中身も成長していれば、必ずどこかでいい道が拓けていく。そんな気がしています。
(構成/ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2025年8月4日号より抜粋
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