
「生まれてきただけではいけない」
しかし、子どもの頃から歌舞伎に親しんでいるのと、大人になってから始めるのとでは、アドバンテージが異なります。いくら「血」があっても、大人から始めてすぐに上達するものではないのではないでしょうか。
なぜなら、子どもは耳で聞き、目で見て、無意識のうちに芝居や音の感覚を身につけていくからです。「門前の小僧習わぬ経を読む」ということわざではありませんが、覚えようと意識せずとも、自然と吸収していくところがあります。
だからこそ、「血」以上に「幼少期からその環境にいたかどうか」が大切なのだと思います。もちろん、心がけ一つですから、ただその環境下にいればそれでいいわけではありません。私自身、「生まれてきだけではいけない」と先輩に言われたこともあります。
実力ある方が認められることが重要に
世襲でない方が、自らの努力によって地位を確立された例も多くあります。例えば、坂東玉三郎のおじさまは、守田勘弥のおじさまのご養子であり、「血筋」ではありません。しかし、玉三郎のおじさまは人間国宝で、いまでは日本を代表する女方として活躍されています。
これは歌舞伎が「血筋」だけではないことを象徴するエピソードですが、同時に玉三郎のおじさまは、子どもの頃から役者をされているのですね。6歳ぐらいのときから勘弥のおじさまのもとにいらして、14歳でご養子になられたわけです。そのため、世襲ではないにせよ、同じようなご経験をなさったんです。
この先、門閥内外問わず、実力のある方が認められて大きな役を任されることは、ますます重要になるでしょう。これまでも歌舞伎の世界はそうした流れで進んできました。そして、それを決めるのは歌舞伎界の中にいる私たちだけではなく、これからは今まで以上にお客さまのお力も大きいのではないかということを感じています。門戸を広げ、志のある方へのチャンスを増やし、現実の世界にも喜久雄のような役者が生まれてきてほしいです。そして、私たちも俊介のようにもがきながら進んでいかなくてはならないですね。
(構成 AERA編集部・古寺雄大)
こちらの記事もおすすめ 【前編】「生き方が羨ましくもある」 若手歌舞伎俳優・中村米吉が映画「国宝」の衝撃を語る