
中村鴈治郎のお兄さんの歌舞伎指導
こうしたリアリティは、歌舞伎指導を担当された中村鴈治郎のお兄さん、演技指導に携わった中村壱太郎のお兄さんこと吾妻徳陽さんの「歌舞伎の舞台とはこういうものだ」という強い思いが、映像にしっかり反映された結果だと思います。
普段から歌舞伎の舞台を見慣れている方にとっても、「役者がどのような景色の中で舞台を勤めているのか」を体感できる、貴重な作品になったのではないでしょうか。
本作には、江戸の昔から続く歌舞伎の長い歴史の中で実際に起きた出来事を下敷きにして脚色されたのではないかと思われるエピソードもあります。
私は東京生まれ、いわゆる江戸の役者になりますので、作中で描かれていた関西の歌舞伎事情について多くは語れませんが、喜久雄と俊介がしのぎを削っていた時代の京都・大阪を中心とする上方歌舞伎は、公演数や観客の減少に直面し、非常に厳しい時代だったと伺ったことがあります。その中で、十三代目の片岡仁左衛門のおじ様が私財を投じて自主公演を開いたりするなど、必死の努力が重ねられていました。
劇中で描かれていた、喜久雄がホテルや旅館で踊るシーンについても、あれほど惨めではなかったかもしれませんが、実際にそうした舞踊ショーをされていた方がいたという話は、私も耳にしています。
そのため、「国宝」はフィクションでありながら、どこか現実に根ざしたリアリティーを持っているのかもしれないと感じました。
「学校に行くより稽古をしろ」の時代
稽古のシーンもなかなか壮絶でしたね。喜久雄と俊介は今の70代半ばぐらいの世代でしょうか。私の父(中村歌六)や、坂東玉三郎のおじさまと同世代になります。
あの時代は「学校に行くより稽古をしろ」と言われることもあり、中学や高校までしか進まず、大学に進む方は少なかったようです。
一方で、私たちの世代になると、学業優先で、大学に進学することも珍しくなくなりました。そういう意味でも、映画の中の時代と今とでは、環境に違いがあると感じています。彼らのように生きることは今はできない。でも、その生き方が羨ましくもある。映画を観ながら、そんなことも考えさせられました。
(構成 AERA編集部・古寺雄大)
こちらの記事もおすすめ 【後編】歌舞伎役者の「血」を拠り所にしている 中村米吉が語る映画「国宝」と歌舞伎界のこれから