しかし、伊黒さんは無一郎の危うさに気づき「死なないでほしい」と言うのです。柱たちは常に死地に身を置き、自分の命を惜しむ者は誰もいません。伊黒さん自身も死を覚悟しながら毎日をすごしています。それでも、無一郎の心配をしているのはなぜでしょうか。
■幸せな少年期の思い出のない2人
実は伊黒さんには、鬼の手下となっている親族たちによって、牢獄に閉じ込められて過ごしていた時期がありました。鬼に対する恐怖と怒り、そして親族への絶望。愛蛇・鏑丸(かぶらまる)とともに牢獄を逃げ出したものの、その事件を契機として彼は身内を亡くしました。その後、伊黒さんはすぐに鬼殺隊に入隊しており、彼には幼少期の「幸せな記憶」がまったくありません。
無一郎は父母が生きていた頃には穏やかな日々をすごしていた時期もあったようですが、鬼襲撃後に記憶を失ってからは、それまでの「幸せな記憶」がすべてなくなっていました。記憶障害を抱えつづける無一郎は他の隊士たちとの交流も少なかったため、伊黒さんはそのことを心配していたのだろうと思われます。
■“幸せになってほしい”という願い
伊黒さんの「若いので」という言葉の裏には、まだ14歳の無一郎に「少年らしい楽しい日々」をすごさせてやりたいという気持ちがあったのでしょう。ですが、刀鍛冶の里での戦いが終わり、柱稽古までのわずかな時間、無一郎には「楽しい思い出」が少しずつ生まれていました。それは、伊黒さんの密やかな優しい思いが、ちゃんと無一郎にも伝わっていたのだと思います。
無限城の戦いでは、無一郎が大好きな仲間や友、信頼する柱たちと力を合わせて、最強の剣士である「上弦の鬼」に立ち向かいます。無一郎は、伊黒さんをはじめとする大切な人への思いに支えられ、この後さらなる「無限の力」を生み出します。
《新刊『鬼滅月想譚 ――「鬼滅の刃」無限城戦の宿命論』では、無一郎と伊黒のほか、甘露寺蜜璃、悲鳴嶼行冥のキャラクター特性など、あらゆる角度から無限城の戦いを分析している》
