こうした状況を受け、同社は方向転換を図る。さくら水産の多くの店舗は閉店し、23年には「魚がイチバン」という新ブランドを立ち上げた。
「結果として、現在は業績が回復傾向にあります。コロナ禍での落ち込みは大きかったですが、今では前年比でも全社的に持ち直しており、客層も10〜20歳ほど若返っています」(輿石さん)
メニューの平均単価は以前より300円ほど上がったが、特に魚がイチバンには「美味しい海鮮を食べたい」という女性客も増え、売り上げは好調だという。「値上がりした」と感じて離れていった顧客もいる一方で、新しい価値を理解し、支持する顧客が定着。輿石さんは「客層と年齢層が大きく入れ替わった」と話す。


安いだけで満足できない
フードアナリストの重盛高雄さんは、こう指摘する。
「『普段は節約しても、たまにはちょっといいものが食べたい』といったバランス志向の消費行動が増えています。かつてのように『高いもの=良いもの』とされた価値観とは違い、今は『高いのにまずい』あるいは『安いだけで満足できない』といった声も多くなってきています。飲食業界で人手不足が深刻化しているなか、激安の価格帯で営業を続けられるかは大きな課題です。“安さ”だけで客を引きつけてきた業態は、価格競争力を失ったとき、次に何を武器にしていくのかが問われます」


輿石さんが言う。
「私たちは、さくら水産の経験を通じて『安さを売りにしない』という考えにたどり着きました。たとえ今、激安居酒屋を展開することが可能だったとしても、それでは“安売りの泥沼”に逆戻りです。お客様は喜ぶかもしれませんが、従業員の幸福は損なわれてしまうでしょう。今は料理のクオリティーを重視しており、特に鮮魚に関しては、ほかの居酒屋よりも良い商品を提供しているという自負があります。その分、一定のコストはかかりますが、きちんとした料理と美味しいお酒を楽しんでいただける店づくりを目指しています」
かつて500円ランチをおなかいっぱい食べた筆者も、今こそさくら水産で飲み食いして恩返ししなければならない。それが、酒飲みの矜持だ。
(AERA編集部・古寺雄大)
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