人間の身でありながら「鬼を喰って鬼の力を宿す」ことは、鬼殺隊のルールを大きく逸脱するだけでなく(※耀哉は黙認している)、人間としてのタブーを犯している状態です。鬼は人間を喰うことで〝魔〞へと変ずるわけですから、「鬼喰い=〝元人間〞を喰う」ということになり、禁忌に抵触します。

 さらに鬼は人間の血肉を喰っているので、「鬼喰い=間接的に人間を喰っている」ということにもなり、二重の〝罪〞があるのです。実弥の怒りは凄まじく、玄弥が鬼殺隊を辞めない場合は「再起不能にすんだよォ」(15巻、第133話)とまで言っています。

 ただ、当然のことながら「俺には弟なんていねェ」という発言、弟をつき放そうとする言葉の数々は、実弥の優しい〝嘘〞です。

■弟を守りたい兄の心

 実弥はまだ幼かった弟妹たち、大切な母、かけがえのない友を失ってから、〝優しい人たち〞の死に異様におびえるようになります。

でも俺は知ってる

善良な人間から 次々死んでいく

(不死川実弥/19巻・第168話「百世不磨」)

 かつて実弥は鬼殺隊の長・産屋敷耀哉に自分たち隊士のことを「使い捨ての駒」だと思っているんだろうと、詰め寄ったことがありました。その時耀哉は実弥の言葉を否定せず、隊士も自分も「捨て駒」にすぎないと答えました。

 実弥は自分の命を鬼殺のために捧げることはできます。しかし、玄弥のことだけは、どうしても差し出すことはできませんでした。この時、実弥は玄弥を鬼殺隊から遠ざけようとしていた自分の判断は正しかったと確信したはずです。

 愛する弟。誰よりも優しく善良な弟。実弥は玄弥とともに生きること、生き残ることを夢見ることすらできません。ともに戦って死ぬことも耐えがたく、弟には生きていてもらいたい。実弥は無限城戦の最中に、玄弥に向かって叫びます。

死ぬな!! 俺より先に死ぬんじゃねぇ!!

(不死川実弥/21巻・第179話「兄を想い弟を想い」)

 風柱・不死川実弥が孤独な中でも鬼滅の刃を振るい続けるのは、弟・玄弥の笑顔のため。大きく成長し、強くなった玄弥を見ても、「兄ちゃん」と涙を流す彼の姿が小さかった頃の思い出と重なります。

 絶望の中でも実弥はまだ戦うことをやめることはできません。実弥が優しい笑顔を取り戻す瞬間を玄弥とともに待ちましょう。

《新刊『鬼滅月想譚 ――「鬼滅の刃」無限城戦の宿命論』では、猗窩座vs冨岡義勇、猗窩座vs煉獄杏寿郎、胡蝶しのぶvs童磨など、悲しみの対決に込められた「意味」を紐解いている》

鬼滅月想譚 『鬼滅の刃』無限城戦の宿命論
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