吉田修一さんによる長編小説『国宝』から、映画化にいたるまで大きな役割を果たした中村鴈治郎さん ©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
吉田修一さんによる長編小説『国宝』から、映画化にいたるまで大きな役割を果たした中村鴈治郎さん ©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会

歌舞伎界の日常を監督に伝えた

「例えば劇場の入り口に入った時の雰囲気や番頭さんの机の位置、番頭さんの机に載っているチラシは公演中のものよりは、次の公演のものを置いたほうがいいんじゃないかな、など私の目に違和感を感じたことは監督に話しました。監督はすごく素直に聞き入れて取り入れてくださいました」

 歌舞伎界の日常を知る女性ならではの視線も映画に生かされた。

「着物を毎日のように着るからそれように一度髪を結うと、髪を毎日は洗わなかったりするんです。だから家のなかで着ているのは、頭からかぶるTシャツじゃなくて前開きのブラウスがいい。髪も結ってから何日か経つと油が馴染んでパサつきがなくなって、艶が出てくるんですよね、等々そうした細かいところを衣装さんやメイクさんと話したりしました。撮影中も亮くんや流星くんと『共働きの家庭だから、俊ぼん(=俊介)はお手伝いさんに育てられたのかな、お母さんの味をあまり知らないのかもしれないね』と話をしたりして、現場ではそうした裏を埋めていく作業をしていました」

当惑と怒りを押し殺す迫真の演技

 映画の見どころのひとつに、ケガで舞台に立てなくなった半二郎が息子・俊介ではなく喜久雄(吉澤亮)を代役にたてるシーンがある。「喜久雄は部屋子やで。俊ぼんが筋やろ!」と、当惑と怒りを押し殺すように表した寺島さんの演技は迫力だった。

「現実の歌舞伎界でも実の息子がいなくて困っているときに養子を入れることはあります。でも自分の子供が存在しているのになぜ?という気持ちが湧きました。よその子である喜久雄を連れてきて息子と切磋琢磨させて、その結果、喜久雄の方が才能がありそうだからと選ぶ。あの場面は半二郎の本意が読み取れず『それはないよ。』とどこに怒りをぶつけていいのやら、複雑な気持ちが溢れました。でも実際には半二郎みたいな人がいてもいいなと、私は思います。世襲が全てではないですから‥」

(構成 フリーランス記者・中村千晶)

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