
女性陣の演技も見逃せない
吉沢はNHK大河ドラマ「青天を衝け」(2021年)で渋沢栄一を演じ、一気に国民的スターへと上り詰めた。甘く端正な顔立ちながら、強い意志の光を感じさせるまなざしが印象的だ。「僕は麻理のなか」(17年)というドラマでは、ゲームと自慰行為に明け暮れる自堕落な大学生を演じ、池田エライザ演じる女子高生の心のなかに入り込むという難しい役どころに挑戦した。
喜久雄にとって生涯の親友でありライバルでもある大垣俊介(花井半弥)を演じるのは横浜流星だ。現在放送中のNHK大河ドラマ「べらぼう~蔦屋栄華乃夢噺〜」では、江戸時代の名プロデューサー・蔦屋重三郎役として、人間味にあふれた魅力的な演技を毎回披露している。個人的には深田恭子主演のドラマ「初めて恋をした日に読む話」(19年)でのまっすぐな演技が記憶に残っている。今にして思えば、彼が演じていた高校生・匡平は、まるで連獅子の紅白の毛を混ぜ合わせたようなあざやかなピンクの髪だった。
そして、喜久雄と俊介の師匠であり、俊介の実父でもある上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎を演じるのが渡辺謙。
吉沢と横浜がまだこの世に生まれる前、先ごろ亡くなったジェームス三木脚本のNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」(1987年)で主人公の伊達政宗を演じ俳優としての地位を確立。以降、日本を代表する俳優として国内外を問わず活躍している。
若き日の喜久雄(黒川想矢)と俊介(城山敬達)を鍛える稽古のシーンでは、クーラーもない板張りの部屋で汗だくの2人を指導する半二郎の鬼の形相から、歌舞伎界の厳しさが十二分に伝わってくるとともに、全編を通じて「エンタメ界の将来は任せたぞ」という、役柄を越えた渡辺のアツい思いを感じた。国民的人気を誇る大河ドラマの主役を張る俳優3人が顔を合わせているのだ。華がないわけがない。
また、歌舞伎は「男の世界」と言われがちだが、彼らと深く関わっていく寺島しのぶ、高畑充希、見上愛、森七菜、瀧内公美の存在も決して欠くことのできない存在感を放っていた。
なかでも歌舞伎役者・吾妻千五郎(中村鴈治郎)の娘・彰子を演じる森七菜の演技には目を奪われた。どんなに落ちぶれても歌舞伎界にしがみつきたい喜久雄に利用されていることを薄々わかっていながらも、離れることができない彰子。出口の見えないドサ回りを続けるなかで見せた悲しみの表情は、本作の名シーンの一つでもある。