
そうだったのか。長嶋茂雄は長嶋茂雄をやめるつもりはない。実は、長嶋茂雄であり続けるために、巨人のユニホームを脱いだのではなかったか。
今も、巨人の母体である株式会社「よみうり」の重役についている。終身名誉監督のポジションに就任することも断らなかった。それは、しかし、退任をソフトランディングさせるための道具立てのひとつだった。
「うまく言えないんですけど、監督をやめてから、長嶋さんは確かに変わった気がします」
小俣広報は言う。
「僕なんかが言うのはおかしいんですけど、巨人の呪縛から解放されたというんですかね」
今回の退任は、野球人・長嶋が巨人という一チームから「解放された」瞬間だったのかもしれない。
「うん、野球人の誇りというのかな。これは人一倍強い男ですから。その誇りをかざして、新たな世界に入っていきたい。それなくしては、僕はもう生きていけないですもの」
長嶋は「誇り」という言葉に力をこめた。
そんな彼のカリスマ性に期待して、低迷するプロ野球のコミッショナー就任を待望する声がある。
「僕には全くそういう気はありません。まだ体力も若干あるしね。そういう動きの方で、何か役割を担えるんじゃないかという気持ちでね」
日本プロ野球の空洞化に対する危機感は、もちろん長嶋の中にもある。
松井秀喜君は、巨人球団重役の立場から、大リーグに行かせたくないですか?
「うーん、これは1時間、2時間で結論はでないですね。肯定する面もあるんですよ。1回、チャンスにチャレンジさせてあげたい。今の若い世代はプレッシャーを恐れずに羽ばたいて、生きていくエネルギーがあるからねえ。まだ、彼の気持ちを聞いたことはないけれど」
野球人の答えだった。
長嶋茂雄は、時代から退場したのではない。
時代が彼に、巨人の呪縛から自由になることを、望んだのだ。
(文中敬称略)
(文/西村欣也)
※AERA 2001年12月31日-2002年1月7日号
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