「現代の肖像 長嶋茂雄」(文=西村欣也 写真=高井正彦)AERA 2001年12月31日-2002年1月7日号

 そうだったのか。長嶋茂雄は長嶋茂雄をやめるつもりはない。実は、長嶋茂雄であり続けるために、巨人のユニホームを脱いだのではなかったか。

 今も、巨人の母体である株式会社「よみうり」の重役についている。終身名誉監督のポジションに就任することも断らなかった。それは、しかし、退任をソフトランディングさせるための道具立てのひとつだった。

「うまく言えないんですけど、監督をやめてから、長嶋さんは確かに変わった気がします」

 小俣広報は言う。

「僕なんかが言うのはおかしいんですけど、巨人の呪縛から解放されたというんですかね」

 今回の退任は、野球人・長嶋が巨人という一チームから「解放された」瞬間だったのかもしれない。

「うん、野球人の誇りというのかな。これは人一倍強い男ですから。その誇りをかざして、新たな世界に入っていきたい。それなくしては、僕はもう生きていけないですもの」

 長嶋は「誇り」という言葉に力をこめた。

 そんな彼のカリスマ性に期待して、低迷するプロ野球のコミッショナー就任を待望する声がある。

「僕には全くそういう気はありません。まだ体力も若干あるしね。そういう動きの方で、何か役割を担えるんじゃないかという気持ちでね」

 日本プロ野球の空洞化に対する危機感は、もちろん長嶋の中にもある。

 松井秀喜君は、巨人球団重役の立場から、大リーグに行かせたくないですか?

「うーん、これは1時間、2時間で結論はでないですね。肯定する面もあるんですよ。1回、チャンスにチャレンジさせてあげたい。今の若い世代はプレッシャーを恐れずに羽ばたいて、生きていくエネルギーがあるからねえ。まだ、彼の気持ちを聞いたことはないけれど」

 野球人の答えだった。

 長嶋茂雄は、時代から退場したのではない。

 時代が彼に、巨人の呪縛から自由になることを、望んだのだ。

(文中敬称略)

(文/西村欣也)

※AERA 2001年12月31日-2002年1月7日号

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