完全な脅しだ。鈍い私でもそれくらいわかる。「それじゃ……1カ月だけ……」と判を押してしまった。越してきた初日からの敗北感たるや。ふざけやがって、こんな街大嫌いだ!   朝◯新聞なんて大嫌いだ!!

 しばし呆然としていたが、気を取り直し、悔しさまぎれに◯日新聞のお客様センターに苦情の電話を入れる。しかし「販売店の勧誘に関してはこちらは関知してない」とのこと。ふざけんなよ! 朝◯の馬鹿野郎! 東京の馬鹿野郎っ!!

 しばし怒りに震えていたが、晩の食事の支度くらいせねばと立ち上がり、徒歩で近所のスーパーへ向かう。途中「◯◯湯」という銭湯があった。ここか、銭湯は。帰りに寄ろうかしら……なんて思っていたら、スーパーで誤って洗剤を買ってしまった。ちくしょう、うちにあるじゃねぇかと帰り道に気づく。嗚呼、いまいましい!

 ◯◯湯はコインランドリーが隣接した、よくある形の銭湯だった。恐る恐る暖簾をくぐると「いらっしゃいませ、370円」とおばさんが即値段を告げたのは、私を新参者だとすぐに察したからかもしれない。

 開店間もない一番風呂で貸し切り状態。身体を洗って湯に入るとクソ熱い。東京の人間はこんな熱湯に入ってるのか。たまらず水でうめる。ドボドボドボドボ。しばらくすると快適な温度になったので水を止めた。

「最近越してきたの?」

 「そういえば、さっきの加藤鷹(似)。近所に住んでるって言ってたな。ほんとだろうか? ただの脅しかな……あー、越してきて早々なんだかなぁ……」なんてボンヤリ考えていると、角刈りで60がらみの小柄な佐藤B作氏に似たおじさんが掛け湯をしてから湯船に入ってきた。

「なんだこりゃ! ヌルいっ!!」

 するとこちらを睨んで「あんた、うめたろう?」と凄んでくる。

私「すいません、ちょっとだけ」

B作(似)「ちょっとじゃねぇだろ? ったく、口あけからこんなにうめちゃダメだよ。早い時間は熱い湯が好きな客が楽しみにしてるんだから。見慣れない顔だけどあんちゃん、最近越してきたの?」

私「すいません、今日です」

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