12月11日より、大雪の次候「熊蟄穴(くま あなにこもる)」となります。ご存知のとおり、日本にいる二種類の熊(ニホンツキノワグマ、エゾヒグマ)は冬になると冬眠(正確には冬篭り)します。温かくなる来春まで、木の根の洞などにこもって過ごします。ちなみに宣明暦では「虎始交(とらはじめてつるむ/武始交とも)」で、こちらには陰陽の「陽」の動物であるオス虎が陰の季節である冬の只中で陽の気を発動させる(春の初動)という意味があるのですが、江戸初期の和暦・貞享暦でこれを、熊の冬篭りに書き換えられました。
この記事の写真をすべて見る冬眠するポイントは食性だった
冬眠とは、季節性低温期(冬)に対処するため、動物が摂食・代謝を抑制して大幅に生命活動を抑制して長期間の休眠モードに入ること。変温動物の両生類や爬虫類、昆虫などは土の中や木の隙間などにもぐりこみ、完全に仮死状態となります。哺乳類の仲間は、約4000種の中で、7目183種類が冬眠することがわかっています。そのほとんどはヤマネやコウモリ、リス、ネズミなどの小型哺乳類。これは、小型の生物は体表面積の割合が大きく寒さに弱いためです。体温を0℃近くまで下げて完全な休眠状態となります。冬眠中のリスやヤマネは、つついてもまったく目を覚まさず丸くなったままです。一方、体表面積の割合が小さい大型の哺乳類は基本的に冬眠しません。ですからクマの冬眠は全生物中でも特殊な性質であるといえます。現在クマには大きく分けて八種類の属がありますが、それらの中で中緯度から高緯度に生息するクマ(ヒグマ、クロクマ、ヒマラヤグマ、シロクマ)は冬眠します(シロクマの冬眠はかなり特殊で、活動したまま代謝活動を低下させて冬眠します)。何だか大きな図体なのに小動物みたいでかわいいですよね。
ただし、「冬眠」と言っても完全な休眠状態に入るわけではなく、木のうろなどの暖かい場所にもぐりこみ、体温を3℃ほど下げて摂食を休止し、浅い睡眠状態で過ごす「冬篭り」というのが正確。クマと同じような冬篭りをする動物には、他には中型のアナグマ、寒冷地域のタヌキが知られています。
アナグマ、タヌキ、クマ。これらに共通するのは、食性が雑食で、昆虫や植物をよく食べること。特にニホンツキノワグマ(Selenarctos thibetanus japonicus)は、その大きな体を維持するためのカロリーの大半を昆虫や木の実などから得ているため、それらがいなくなる冬には、絶対的に栄養が不足します。また、食肉目(ネコ目)に属するクマは、雑食とはいえ草食動物のように効率的な消化器システムを持っているわけでもありません。なので、昆虫や植物がほとんど途絶える冬には冬篭りをするのです。人間に飼育されているクマは、そうした餌の心配がないため冬篭りをしません。
立ち上がる・冬眠する・座ってハチミツを手でなめる・・・「地上最大の肉食獣」は愛嬌満点
クマは「クマ亜科」「ジャイアントパンダ亜科」「メガネグマ亜科 」の三亜科があり、更にヒグマ属(Ursus arctos)、ヒマラヤグマ属(Ursus arctos isabellinus)ホッキョクグマ属(Ursus maritimus)、アメリカグマ属(Ursus americanus)ナマケグマ属(Melursus ursinus)、メガネグマ属(Tremarctos ornatus)、マレーグマ属(Helarctos malayanus)ジャイアントパンダ属(Ailuropoda melanoleuca)の八属にわけられ、そのほとんどは北半球(メガネグマは南アメリカ)の極地から熱帯に生息しています。
ヒグマとホッキョクグマ(シロクマ)は肉食の傾向が高く、ヒグマの中でも大型のハイイログマやコディアックグマは大型の鹿、シロクマはアザラシやセイウチを主食にしています。日本のエゾヒグマ(Ursus arctos yesoensis)も溯上する鮭をよく食べ、シャケをくわえた木彫りの民芸品でもおなじみですね。
けれどもそれ以外の六種は比較的木の実・果物などの植物や昆虫などを主食にする進化をとげています。マレーグマやナマケグマは特にハチミツを好むため「ミツクマ」「ハニーベア」とも呼ばれています。比較的大型のアメリカクロクマも果物やハチミツなどの甘いものが大好き。前足が器用なため、人家に入り込みジャムの蓋を開けて食べてしまったりということがよくあるそう。木の実などが手に入らない冬などに、「仕方なく」シカなどを襲って食べているようです。
そしておなじみのジャイアントパンダは、以前はレッサーパンダと同様アライグマ科に分類されていたのですが、DNA解析によりアライグマよりもクマに近縁であることがわかり、クマ科に分類されるようになりました。寒冷地である中国の四川省などに生息していますが、冬眠しません。というのも、食べるものがご存知の通り笹や竹だけだから。基本的に常緑の竹・笹(春に生え変わり、これを竹秋といいます)ですから、冬眠する必要はないわけです。笹やハチミツ、果物を人間のようにしゃがんで食べている姿は愛らしく、到底「地上最大の肉食獣」とは思えませんよね。
また、クマというと誰しも思い浮かべるのは二本足ですっくと立ち上がる姿。動物園などでも餌をほしがって立ち上がる姿はおなじみですよね。これは蹠行性(かかとをつけた歩き方)のために安定性があり、後ろ足だけで立ったり歩いたりできるわけです。近年、町なかを二足歩行してうろつくクマが海外で話題になっていました。
これもクマの愛嬌のひとつでしょう。
といっても、そんな油断はまさに禁物。機敏ではないはずの蹠行性歩行なのに本気を出せば時速50キロで走る上、オオカミやネコ科猛獣と比べて、自分の獲物に対して極めて執着性が高く、狙いをつけるとどこまでも追ってくる執念深さがあるため、一度狙われたら逃げ切ることは困難。やはり恐ろしい肉食獣であることはまちがいありません。日本でも、クマに襲われる事故は頻発していますね。このため、毎年多くのクマが殺処分されています。
クマは減っている?増えている?
日本には、本州と四国にニホンツキノワグマ(頭胴長110~130センチ、体重50~80キロ)、北海道にエゾヒグマ(頭胴長200~230センチ、体重150~250キロ)が生息していますが、その数はニホンツキノワグマが2000年以降およそ15000頭程度、エゾヒグマは20世紀後半には2000頭ほどといわれてきましたが、近年の調査では6000~7000頭ほどになっているといわれています。
ツキノワグマについても、毎年の捕獲(駆除)数が2000頭前後あるため、推定値よりも実はもっと多いのではないか、との推測もなされています。
統計によれば1980年~2000年までは死傷者数5人~36人 だったのが、2001年以降は47人~147人と実際増加しています。今年2016年も、秋田で四人がクマに襲われて命を落していますし、東京にも程近い神奈川県の相模原市でラーメン店にクマが突入してきた、なんていうニュースもありました。
この原因には、戦後すぐの大規模植林で奥山が杉・ヒノキ林に置き換わったためクマの食物となる木の実が慢性的に減衰しているところへ里山の荒廃や開発で自然環境が悪化し、より食物が減って飢えたクマが里に下りてくるようになったとも、シカの頭数増加によりクマの数も増えているからとも言われていて、実態はよくわかっていません。
が、かつてはマタギや杣人など人間が、クマと人の生活圏の緩衝地域やクマの生活圏に入り込んでいたためにクマが人間を怖れていたのが、そのような職種の人の数が減ったため、が、人間を怖がらない世代が多くなってきたからではないか、ということは間違いないようです。人間の姿を見ても悠々と歩いているクマを多く見かけるようになっています。秋田鹿角市で射殺されたクマの胃の内容物を調べたらタケノコに混じって人の肉片や髪の毛が見つかり、人食いグマの増加を懸念する声もあります。
全国的に自然由来の生業・農林業や水産業から消費型の都市生活志向は近年ますます強くなり、人間社会の自然地域からの撤退傾向が顕著となりました。野生動物たちはこの人間界の後退に反応して、町へと進出してきているのではないでしょうか。人間側の生活、志向の変化こそ、クマを山から引き込んでいる、といえるのでは。農林業の分厚い活性化こそ、クマと人との間の緩衝となって、トラブルを減らす手段かもしれません。
世界的に見ても、大都市圏のすぐ近くにクマが生息する自然環境があるのは日本列島の特徴であり、自然が未だ豊かであるという証拠であり、そこに暮らす人間にはクマとの共存の道を講じるのは宿命づけられているともいえます。古くからの暦にすら登場する親しみ深い野生動物。人身被害も、クマたちのむやみな駆除も、ともに減らしていく方法を考えていきたいですね。
<参考>
世界文化社「生物大図鑑動物」
アルフレッド・ローマー「脊椎動物の歴史」
近年の熊被害の推移:http://www.forest-akita.jp/data/sansai/kuma-taisaku/kuma.html
危険生物MANIAX http://tsukinowaguma.etc64.com/