20年前に解体された本郷3丁目のみすず書房旧社屋を、取り壊し直前に写真家が撮影していた。親しみに満ちたモノクロ写真に社員やゆかりの人々の文章が添う。
 ビルの谷間の角地に佇む、木造2階建ての、住居のような質素な建物。「屋根の一角に物干し台まで載っていた。みすず書房の知的で清楚な書籍のイメージとはかけ離れていた」と写真家の鬼海弘雄。扉を開けると狭い上がり口に書物が押し寄せ、どこもかしこも雑然と、本と紙であふれる。ドアストッパーには『日本紳士録』や『著作権台帳』が使われ、便器の下には「ニューヨーク・タイムズ」が敷かれた。編集会議が開かれた2階大部屋から、人は廊下まではみ出した。ほぼ毎日、夕方になるとビールを買ってきての飲み会が始まった。築48年。旧き良き時代の出版人の熾がともる。

週刊朝日 2016年12月16日号

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