一方で、蔡氏だけには意地でもスポットライトを当てさせない「裏番組」が、中国主導で作られた。野党国民党の馬英九前総統の訪中である。

 2016年の退任後、馬氏は訪中を望んでいた。大陸出身の両親を持つ「外省人」である馬氏の先祖の墓は中国・湖南省にある。馬氏は訪中歴が一度もない。いつか墓参をしたい、という馬氏の願いはよく知られていた。中国で党大会と全人代が終わった今年は一つのタイミングではあっただろう。だが、それにしても日程がぴったり合いすぎている。蔡氏は、3月29日に台湾を出発し、4月7日に帰国。馬氏は3月27日に出発し、蔡氏と同じ日の帰国。1週間余りの日程がここまで一致するのは偶然とはとても思えない。

 もともと馬氏は夏頃に訪中する予定だった。変更されたのは「中国側の要望による」というのがもっぱらの見方だ。蔡氏の訪米が固まったのは3月上旬。それから馬氏の訪中が発表された。馬氏には、台湾のメディアも同行し、連日その言動を報じた。もちろん蔡氏にも同行記者はいるので、この期間中、台湾の新聞は、上半分は蔡氏の訪米、下半分は馬氏の訪中、という段組みになった。米国と中国との間で引っ張られる台湾の運命を物語るような紙面が続いた。

 蔡氏訪米の前には、中米の台湾の友好国の一つだったホンジュラスが台湾との断交に動いた。現大統領は中国になびいていたと言われるが、このタイミングでの断交は計算されたものだったと見る方が自然だ。

 米国にとっても中米は裏庭にあたる場所。ホンジュラスに米国は断交を思いとどまるよう働きかけをしていたが、中国からの巨額援助の方が魅力的だったようだ。蔡英文政権になっての断交はこれで9カ国目。台湾が持っている友好国の数は過去最低の13カ国になっている。

ホンジュラスの次に危ぶまれるのは南米の台湾の友好国・パラグアイ。4月末の選挙は大接戦とされるが、左派候補は勝利した場合は台湾と断交、中国と国交樹立すると表明している。

 そして極め付けは、マクロン仏大統領を北京に招き、「台湾問題にヨーロッパは巻き込まれるべきではない」と発言させた。台湾問題をめぐり西側国家の分断に成功した形だ。

 ホンジュラス断交から馬氏訪中の受け入れ、そして、軍事演習、マクロン氏訪中。それらがすべて「米台接近」に対する中国の「警告」であることは明らかである。(ジャーナリスト・野嶋剛)

AERA 2023年4月24日号より抜粋

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