なんでこれが担々麺にのってるんだ?
「オープン景気はありましたが、3~4カ月で一気にお客さんが来なくなりました。神保町の人は『亜寿加』のことを知らないですし、そもそも排骨(パイクー)も知らない人が多かったです。なんでこれが担々麺にのってるんだ?と散々言われました」(五ノ井さん)

集客に苦戦していた頃、YouTuberのSUSURUくんが来店し、「動画を撮らせてください」との提案を受けた。OKしたら、その後、ファンが来るようになった。そこから少しずつお客さんが増えてきたという。
「渋谷の雰囲気とは全く違ったので、安定までが大変でした。渋谷は若い人が多かったですし、何より『亜寿加』は立地も良かったですよね。この場所はお客さんが何げなく入ってくることはまずないですし、ビジネス街なので夜が弱いんです。夜にお客さんが一人しか来ないこともありました」(妻・幸子さん)
さらにコロナが直撃した。だが、以前から集客に苦戦していたこともあり、「五ノ井」では先駆けてUber Eatsを始めていた。苦肉の策で始めたフードデリバリーだったが、これが大好評だった。
店にお客さんは来ないが、ラーメンを作り続け、Uber Eatsで近所の人たちに届けた。今でこそ当たり前になったUber Eatsだが、当時は「何でUberなんかやってるの?」と言われていたという。今やUber Eatsの常連客もいるほど、デリバリーは「五ノ井」の日常にも溶け込んでいる。

「五ノ井」の排骨担々麺は「亜寿加」の味を継承している。「亜寿加」をベースにしながら、ブラッシュアップを続け、さらにおいしくなるように研究を重ねる日々だ。
「スープは奥行きが出るように工夫しながらカエシ(醤油ダレ)を作っています。パイクー自体のタレの配合は父の教え通りですが、粉付けを3回行い、カリカリでおいしく仕上がるようにしています。台湾に勉強に行った時に、現地の粉を見つけ、3度の粉付けを編み出しました。ラー油も自家製で、香辛料をたくさん入れて丁寧に作っています」(五ノ井さん)
パイクーは3回も粉を付けて揚げると衣が大きくなってしまい、スープの中でポロポロ崩れてしまうのが普通だ。だが、「五ノ井」のパイクーはスープにじゃぶじゃぶと浸けても衣がほどけない。スープに浸したパイクーをご飯にのせて食べるのも最高だ。

「私はもっとパイクーのおいしさを広めたい。台湾や中華圏の人が良く来てくれるんですが、本場よりもうまいと言ってくれる人もいます。今、この一杯を父に食べさせたら、味には納得してくれると思います。仕事の姿勢を教えてもらった父に感謝です」(五ノ井さん)
「亜寿加」と亡き父の魂を受け継いだおいしい一杯に感謝したい。(ラーメンライター・井手隊長)