講演会を引き受けなかった理由
最初は白杖を持たずに部屋の端から端まで走ってみるところから始めました。いつもは白杖を持つことを前提に歩いているので、まず怖さがありますし、真っすぐ進んでいるつもりでもどこに向かっているかも分かりません。
あと「両手を振って走る」ということに強い違和感を覚えたんです。細かい話なんですけど、普段から白杖を持っていないほうの手は動かさないように意識して歩いているんです。リュックの肩ひもをつかんだり、固定したまま歩く。
というのは、大阪・難波とか人が多いところだと振った手が近くの人に当たってしまうかもしれない。もっと怖いのは短いスカートを履いている女性が近くにいた時に、そんなつもりはなくても手がスカートに当たってめくれてしまうかもしれない。そんなことを考えて、いつの間にか片手を固定したまま歩くのが日常になっていたんですけど、新しいことをやる中で自分にとっての“普通”をいま一度見つめ直す。期せずして、そんな機会にもなっています。
今回、初めて本格的なお芝居をさせてもらうことになったんですけど、今、仕事の中で一番ウエートを占めているのがネタでの劇場出番です。売れっ子に比べたら数は少ないですけど、それが仕事の軸になっています。あとはラジオやYouTube。たまに営業やテレビが入るという感じです。
目の見えないお笑い芸人ということで「R-1」で優勝してから講演会のオファーをいただくことも増えました。ただ、講演会は引き受けてなかったんです。あくまでも、自分はお笑い芸人なので、発信したいのは「まじめな良い話」ではなく「お笑い」。まだ30代半ばだし、全力でふざけていたい。「まじめな良い話」をするのはもっと後のことだという気持ちが強かったんです。
正直な話、「R-1」で優勝した頃は万人受けというか、良い子でいようとしたこともあったと思います。目の見えないお笑い芸人が優勝した。そうなると、僕にお仕事を依頼される、特に講演会的なお声がけをいただく方は「目が見えなくて、頑張っていて、真面目で、家族との良い話もあって」みたいなところを期待して呼んでくださるんです。