●ホルモン補充療法と脳の健康

 更年期の症状の緩和に有効とされているのが、減少したエストロゲンを補うホルモン補充療法(HRT)です。

 ほてりや気分の浮き沈み、不眠などの更年期障害の治療として広く使われていますが、こうした症状緩和に加え、脳の健康維持にも影響を与える可能性があるとして注目されています。

 具体的に見てみると、HRTを閉経から5年以内に開始した女性では、アルツハイマー病の発症リスクが40〜80%低下したとする研究結果が報告されています。

 また、HRTの使用期間が長いほど保護効果が強くなるという傾向も示され、1〜3年の使用でリスクが約40%減少、3〜6年で60%、6年以上で最大80%リスクが低下したとする研究もあります。

 一方で、閉経から10年以上経ってからHRTを開始すると、認知症リスクがむしろ上昇する可能性があると報告されています。そもそもHRTには、乳がんや心筋梗塞などのリスクをわずかに高める可能性も指摘されています。ですから、HRTを行うときは、医師にしっかり相談した上で判断することが大事です。

 なお、今のところ、認知症の予防目的だけでHRTを導入することは推奨されていません。

社会的要因が女性の脳に影響?

 そして、女性のアルツハイマー病リスクには、女性ホルモンの変化、糖尿病などの代謝異常、遺伝性といった要因だけでなく、教育や職業、性差別といったさまざまな社会的要因も複雑に関係することが判明しています。

 特に、ジェンダーギャップ指数(2024年)が146カ国中118位と下位グループにいる日本では、この社会的要因がもっと注目されるべきでしょう。

 認知症の発症を遅らせたり、進行を緩やかにしたりする要因として「認知予備能」という概念があります。これは、脳がダメージを受けても、別の神経ネットワークで機能を補える能力のことです。

 高い教育歴や知的刺激のある職業経験は、この認知予備能を高めるとされており、認知症のリスクを下げる因子になります。

 実際、管理職や専門職など知的負荷が高い職種に就いていた人は、そうでない人に比べて、認知機能低下のリスクが約2割、軽度認知障害の発症リスクが約4割も低かったという研究結果もあります。

 一方で、歴史的に見ると、女性は高等教育や専門職へのアクセスが制限されてきたため、脳への刺激が限られ、認知予備能の構築が難しかった背景があります。

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